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“ロッテ愛”にあふれた野球人生の集大成へ…覚悟のシーズンに挑む背番号「3」・サブロー

今年でプロ22年目、40歳を迎える背番号「3」

 
 昨季終盤、西武との3位争いを制したものの、首位のソフトバンクには18.5ゲーム差をつけられたロッテ。今季は2010年以来の日本一を目指し、石垣島でキャンプをスタートさせた。

 中でも話題を集めたのが、一軍キャンプに帯同したドラフト1位の高卒ルーキー・平沢大河。開幕一軍はもちろん、開幕スタメン抜擢も日に日に現実味を帯びてきており、周囲も大きな期待を寄せている。

 平沢はより多くの実戦経験を積むべく、キャンプが終わってからは二軍に帯同。2日にロッテ浦和球場で行われたイースタン春季教育リーグ・ヤクルト戦では、「2番・遊撃」でスタメン出場した。

 すると、6日ぶりの実戦で4打数3安打と活躍。実績十分なヤクルト・館山昌平から打ったことでさらに自信を深めた。8日からは再び一軍に合流し、本拠地デビューを飾る予定となっている。

 またしても平沢が話題の中心となったロッテ浦和球場だったが、その同じ場所にチームを長らく支えてきた“ある男”の姿があった。今年で22年目を迎える背番号「3」、サブローである。

 6月に40歳を迎えるベテランも、2日のヤクルト戦に「3番・DH」で出場。初回の第1打席で三塁線を破る二塁打を放ち、6番香月の満塁本塁打を呼び込んだ。


「自分はロッテの人間だなと思った」


 サブローは1994年のドラフト1位でロッテに入団。類まれなバッティングセンスに加え、守備では様々なポジションをこなし、ルーキーイヤーから一軍デビューを果たした。

 その後、着実に力をつけていった男の転機となったのが、ロッテが31年ぶりの日本一に輝く2005年シーズンのこと。当時ロッテを率いていたバレンタイン監督は、それまでの10年間で通算本塁打が30本だったサブローを4番に抜擢した。

 プロ入り後初の重責に、男は結果で応える。その年、自身初の3割超えとなる打率.313を記録し、本塁打もそれまでの自己最多となる14本をマーク。“つなぎの4番”としてマリンガン打線の中核を担い、チームをリーグ優勝と日本一に貢献した。
 
 チームの顔となった男は、2009年のオフに夢だったメジャー挑戦の思いを封印。“生涯ロッテ”を宣言した。ファンの信頼も厚く、年を重ねるごとにライトスタンドから送られる「サブロー!」の声援は大きくなっていった。


 ところが、思ってもみなかったことが起こってしまう。2011年の5月に故障で一軍登録を抹消されると、6月に巨人・工藤隆人(+金銭)とのトレードが発表。このニュースはロッテファンのみならず、多くの野球ファンに衝撃を与えた。

 巨人の支配下選手として登録された7月1日、その日に行われた中日戦に代打で出場すると、最初の打席でいきなりの一発。それも、同シーズンに18勝3敗、防御率1.65という好成績を残す中日のエース・吉見一起から打ったという、名刺代わりとするには十分過ぎる一撃だった。

 しかし、その後は思うような結果を残せず。わずか154日の在籍で古巣・ロッテへの復帰が決定。会見では「巨人にいるときも、ロッテの試合を毎回気にして、自分はロッテの人間だなと思った」という言葉をこぼしている。


 近年はロッテでも代打での起用がメインとなり、昨季の出番は36試合のみ。40試合以下の出場に終わったのは17年ぶりのことだった。

 昨オフの契約更改では、1億3000万円から減額制限を超える“半減”となる6500万円でサイン(※金額は推定)。「これで(金額が)上がったらおかしい」とし、大幅ダウンを受け入れた。

 元気な若手の多いチームには、“世代交代”という避けて通れない波も押し寄せて来ているが、長いペナントレースを勝ち抜いていくにはベテランの経験が必要となる時が必ず来る。

 「来年が最後のつもりで、燃え尽きようと思います」――。

 マリーンズを愛し、マリーンズに愛された男のフィナーレへ。覚悟のシーズンに臨むサブローに注目だ。


▼ サブロー
生年月日:1976年6月1日(39歳)
出身:岡山県
経歴:PL学園高
ポジション:外野手
身長/体重:181センチ/90キロ
投打:右投右打
[NPB通算] 1781試 率.265 本127 点655
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