コラム

プロで惜しくも輝けなかった「たられば選手」隠善智也&中後悠平

振れば芯に当たる天才的なミート力


 あの時タイミングを逃さなかったら……故障さえなければ……。

 今さら言ってもしょうがない、それでも言わずにはいられない。類まれな才能をもちながら、プロの世界で花を咲かせることなく戦力外通告を受けた「たられば選手」たち。そんな「たられば選手」の、残念ながら日の目を浴びることの少なかった「きらめき」を、この場で紹介していきたい。

 3年前にジャイアンツ球場の室内練習場で見た光景が忘れられない。

 巨人のファーム選手たちがめいめい汗を流すなか、ピッチングマシンを相手に快音を響かせている左打者がいた。驚くべきことに、その背番号「52」をつけた選手は、ほぼ百発百中の精度で投球をミートしていたのだ。いくらマシン相手の打撃とはいえ、打撃技術の高さは、隣で打ち込んでいた立岡宗一郎と比べても歴然としていた。

 その天才的なミート精度を見せつけていた打者は、今秋、巨人から戦力外通告を受けた隠善智也だった。

 9年間のプロ生活で放った安打数は31本。巨人以外のチームにいれば、もっと打席に入るチャンスをもらえて、レギュラークラスの成績が残せたのではないか……。つい、そう思ってしまうが、そもそも他球団であればプロ入りすることすら難しかったのだろう。なにせ、隠善は2006年の育成ドラフト4位で入団しているのだ。

 毎年、オフに自主トレに同行させてもらっていた師匠・高橋由伸が監督に就任したときには、「もしかして、隠善を再雇用しないだろうか?」という淡い期待も抱いたが、ほどなくして隠善は引退を発表した。今後は巨人の球団スタッフになる予定だという。今季の一軍成績は2打数2安打。打率10割の成績を残しながら、未完のアベレージヒッターはバットを置くことになった。


左打者が対戦を嫌がった“千手観音投法”


 ロッテから戦力外通告を受けた中後悠平は、とにかく個性的なサウスポーだった。

 近畿大時代から横から投げたり、下から投げたり、斜めから投げたり、その多彩な腕の出どころは「千手観音投法」と呼ばれた。大学当時、慶應義塾大の伊藤隼太(現・阪神)や早稲田大の土生翔平(現・広島)に「対戦したくない投手は?」と聞くと、明治大の野村祐輔(現・広島)でも、東海大の菅野智之(現・巨人)でもなく、大学ナンバーワン左腕と称された東洋大の藤岡貴裕(現・ロッテ)ですらなく、「中後」の名前が挙がったものだ。

 左打者に恐怖心を抱かせるフォームは、大きな武器になり得たはずだった。しかし、プロでは1年目に27試合に登板したのをピークに、年々影が薄くなり、今季は一軍登板なしに終わった。どうしても制球難が克服できなかったのだ。

 背水の陣で臨んだはずの12球団合同トライアウトでは、3打者に対して1死球、2四球。ここでも、プロ生活を象徴するような結果に終わってしまった。

 この内容を見て、中後の獲得に乗り出す球団が現れる可能性は低いだろう。だが、この唯一無二の個性はやはり捨てがたい。ちょっとした環境の変化で、大化けする可能性も追いたくなってしまう。ソフトバンクや巨人のように、三軍を保有するチームが手を差しのべる可能性はないだろうか。

 毎年、新しい選手が入ってくるだけ、在籍していた選手が球界を去ることになるプロ野球界。改めて生存競争の厳しさを実感するとともに、来年は少しでも「たら・れば」を減らして野球を見ていきたいと思う。

文=菊地高弘(きくち・たかひろ)
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