コラム 2016.01.19. 05:30

ヤクルト一筋17年“やり切った男” ユウイチの本当の凄さ

日本国籍を取得し“代打の切り札”になった男


 研鑽された技術のぶつかり合いである勝負。そこから離れた時に放たれた野球選手の“ことば”——。今回は、松元ユウイチ(ヤクルト)の発言に注目する。

 ユウイチは、1999年ブラジルから野球留学生としてヤクルトに入団。野球留学生のため契約金はなく、年俸は680万円だった。日本語も満足に話せず、食べ物も口に合わない異国での生活には戸惑いもあった。それでもユウイチは、ひたむきに野球を続ける。

 外国人登録枠の関係で一軍初出場は2002年。当時、ヤクルトの一軍外国人野手にはペタジーニ、ラミレスがいて、ユウイチにはあまりに壁が厚すぎた。「ほかの外国人との勝負は難しいが、国籍を取得できれば勝負できる」との言葉通り、ユウイチは2004年に日本国籍を取得し、左の大砲候補として出場機会を徐々に増やしていく。2005年には75試合に出場しブレイクの兆しが見えたが、翌年からは腰痛などのケガに悩まされ、安定した成績を残せなかった。

 本人の意識に変化が現れたのは2013年。バットを短く持ち、粘り強い打撃に活路を見出したのだ。勝負強いバッティングで相手チームを苦しめる、「代打の切り札」としての生き方を身に付けていく。


成績は地味ながら17年の現役を送る凄さ


 ユウイチがマスコミの注目を集めたのはWBCだった。第3回WBCブラジル代表に選出されたユウイチは、キャプテンでクリーンアップを務め、メジャーリーガー4人を擁するパナマを退け、本戦への切符を手に入れる。本戦では、侍ジャパンに対し4番として立ちはだかった。

 ここ数年、左の代打職人として渋く光ったユウイチだったが、昨季での引退を発表。日本シリーズには代打で登場し、セカンドゴロ。試合後、ファンに別れを告げた。

「やり切りました。スーパースターではない自分を、こんなに応援してくれた。本当にありがとうございます」

 ヤクルト一筋17年の現役生活は、残された数字だけを見ると地味かもしれない。ユウイチは、3割30本の成績を挙げることができる優良外国人選手ではなかった。途中で帰化したとはいえ、彼が現役を17年も続けたことがプロ野球の世界では稀に見る凄いことなのだ。ある意味では、彼は最高に幸せな野球人生を歩んだといえよう。そのためにユウイチは、国籍を変え、自分のスタイルを刷新してバットを短く持ち、チームに貢献した。だからこその、「やり切った」なのである。

 ユウイチは今季からヤクルトの二軍打撃コーチに就任することが決まっている。一芸に秀でた若手を一歩ずつでも前に進ませる。ユウイチ流の粘り強い指導を期待したい。

文=松本祐貴(まつもと・ゆうき)
【松本祐貴・プロフィール】1977年生まれ、大阪府出身。雑誌記者、出版社を経てフリーランスとして活動。2013年からの世界一周経験をいかし、旅、サブカル、野球などさまざまなジャンルで編集・ライターとして関わる。2016年2月に『泥酔夫婦 世界一周』(オークラ出版)を刊行予定。

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