人柄“すべて”を表現したコメント
今週は衣笠祥雄さんについて。
残念ながら衣笠さんが亡くなってしまいました。私は親しくさせて頂いておりました。彼と野球論、特に打撃論を話すのを楽しみにしていました。本当に残念でなりません。私より10歳以上も若いのですから、本当に早過ぎますね。
衣笠さんがどういう人なのかを皆さんに聞かれます。衣笠さんの風貌、バッティングスタイルなどは皆さん結構ご存知だと思いますが、どういう性格の持ち主だったのかは分からないと思います。
衣笠さんが広島にいた時に一緒に戦っていた、リッチー・シェーンという外国人選手がいます。彼が日刊スポーツの取材に応じて、衣笠さんの思い出を語る文章を載せておりました。それが衣笠さんを表現するのに最も分かりやすいと思ったので、ちょっと読んでみたいと思います。
「さっちは素晴らしい友人で、偉大なチームメイトだった。いつもスマイルを絶やさず、誰に対しても非常に親切だった。彼は選手として、守備、スピード、パワー、すべてを兼ね備えた名選手だった。どうか安らかに眠って欲しい」
これだけの文章ですが、衣笠さんの人柄すべてを、何か言い尽くしている感じですね。
入団当時はワルだった?
衣笠選手ですが、ここで紹介するまでもなく、1965年に京都の平安高校から強打のキャッチャーとして広島東洋カープに入団しました。1年間はキャッチャーの練習をしていたのですが、2年目の1966年から一塁手に転向します。その後、さらに三塁手に転向するんですが、どこでも守れる素晴らしいプレイヤーでした。
そんな衣笠さんですが、1965年からの3年間は、「これが平安の衣笠か」と言われるくらい、散々な成績でした。その3年間の88試合で放った安打はわずかに24本。本塁打はわずかに3本でした。
とにかく野球に打ち込むような姿勢が見られない。特に赤い外車が好きで、その外車を乗り回して、広島市内を暴走族と紙一重のスピードで走っておりました。当時の広島市内というのは、今ほど交通量も多くなく、平和通りは自由に走れました。その時に、衣笠さんの外車は非常に有名で、むしろ野球よりそっちで目立っていたそうです。
転機となったスカウトの一言
3年目が終わったシーズンオフです。木庭教という名スカウトが広島におりました。元々、木庭さんというのは、広島銀行の銀行員だった人で、プロ野球とは全く縁もゆかりもないのですが、野球が好きで、面白い視点を持っているということで広島東洋カープがスカウトとして採用し、その木庭教スカウトが平安高校から衣笠祥雄をスカウトしました。
練習にも打ち込まないので、本当に手を焼いて、1967年の3年目が終わったオフに、衣笠選手のところへ電話をして、「おいちょっと会おうじゃないか」と、用事があるんだということで衣笠選手を呼び出しました。
衣笠さんは、自分が3年間働いていないことをわかっていますから、「トレードかな、どこでもいいや、これから頑張ればいい」みたいな感じで行くと、衣笠さんへの第一声が、「おい、さっち。これからどんな仕事を探そうか」だったそうなんです。
この一言に衣笠選手は本当に驚いたそうで、血の気がサーっと引く思いをしたそうです。「トレードではなくてクビだ!」と、瞬間に思ってとにかくもうこの際どうしたら良いかわけが分からなくなったそうです。
これが後に伝説になった猛練習を始めるキッカケの一言になったわけです。
衣笠選手は、木庭スカウトに平謝りして、気持を入れ替えて練習するので、もう少し置いてほしいと。ということで、首はつながった。そして迎えた4年目の1968年に、根本陸夫さんが監督に就任します。
根本監督と関根コーチの就任
当時の広島は、衣笠をはじめ山本浩二、三村など若い選手が多かった。今の松田オーナーのおじいさんにあたる当時の松田オーナーは、野球だけでなく人間としての色んな道を若手に教えてもらいたい、ということで根本陸夫さんに白羽の矢を立てました。
衣笠選手は、根本さんから野球だけでなくて生活面、それから性格面、とにかく色んなことを学び、人間が変わったように練習に没頭。4年目(1968年)は127試合に出場して、打率276、21本塁打、58打点、11盗塁の成績を残し、これがレギュラーへの第一歩となりました。
そして根本さんが監督となった2年目の1969年、根本さんは選手たちに、人間としても野球人としても、もう少し色んなことを学んでもらいたいということで、関根潤三さんに1年で良いからヘッドコーチに来てくれと声をかけます。関根さんも「親友の要請では仕方がない」ということで広島行くわけですが、この時の面白い話があります。
関根さんが松田オーナーと会い、その時に条件を提示されました。その提示された額までは聞いていないのですが、とんでもない金額だったんだそうなんです。
すると関根さんは、「オーナーちょっと勘弁してくれ」と。「こんなに頂いたら私一生やらなきゃならない」と。とりあえず私が役に立つ1年か2年ということでお願いされているんだから、この契約金を半分にして欲しいと言って、逆に契約金を値切って広島に入った。
契約金を「もっとよこせ」と言う人はいるけれど、契約金を値切って入った人は関根さんくらい、さすが関根潤三さんだ、ということで当時話題になりました。
1969年は監督が根本陸夫、ヘッドコーチが関根潤三、そして打撃コーチが小森光生、内野守備コーチが広岡達朗と、もの凄いコーチ陣が出来上がったわけです。
真夏の夜の出来事
1969年のある真夏の夜の出来事。衣笠選手も5年目を迎えて練習にも身が入ってきた頃です。
当時の私たちは、広島に中継へ行くと帰りは、11時過ぎに広島を出発する寝台に乗って東京駅まで帰っていました。ところが台風が九州に接近し、乗る予定の寝台列車が広島から出発しないことになってしまい、運休になったのです。
ホテルには予約が殺到して泊まるところもない。私が困っていると、当時コーチをしていた関根潤三さんが「どうしたの?」と声をかけてくれて、「いま合宿所に住んでいるけど、広い部屋だから、僕の所においでよ」と誘ってくれたので、合宿所の寮長さんの許可を取って、関根さんの部屋に泊めていただくことになったんです。
10時頃になると関根さんが、「深ちゃんちょっと待ってね、オレ用事があるんだ」と言って、席を立ってどこかに出て行いく。私も興味があるから、出ていった関根さんの後をつけたんです。
関根さんが1階に下りていくと、1階の玄関のところにある大広間に、何人か選手がいてパンツ一丁でバットを振っている。関根さんの指示とかではなくバット振っているんです。その中には後に分かったんですが、山本浩二、水谷実雄、三村勲、水村四郎ら当時のレギュラー選手が一心不乱にバットを振っているんですね。
で、1時間半くらいで、「おい、やめよう。今日台風だから、窓なんかをしっかり閉めて寝ろよ」と解散して関根さんも2階の部屋に戻っていきました。
関根さんがポツンと、「1人足りなかったような…」って言うんですね、僕は誰だかそれが分からない。「ま、良いか」って関根さんが言うんで、そのことをすっかり忘れてまた色々と野球の話をしていた。
17年間無休の原点
どんどんどんどん風が強くなり、合宿所の寮ですから、ガタガタ凄い音がしはじめた午前2時頃、その音に紛れてタクシーのブレーキの音が聞こえたんです。
すると関根さんが「ん?帰って来たかな」と、誰とは言わないんですけど、「深ちゃん先も寝ててよ。あと小1時間かかるから、ちょっと遅くなるといけないから」って言うのですが、僕だって誰だか興味があるし、その選手がどんな風に怒られるのかにも興味があった。やっぱり関根さんの後をついて行ったんですね。
真っ暗な玄関の大広間、台風の音がガーっとくる音に紛れて、バタッとドアを開ける。シルエットだけ見えるんですが、もう足がヨタヨタ、フラフラ、本当に千鳥足。その千鳥足の選手が靴も片付けないで、そのままホールに上がって、部屋へ行こうとした時に、関根さんが現れて、「さっち、やろう」と。この一言だけ。
「さっち」というのは、衣笠祥雄です。
衣笠さんは震えるくらい驚いていたんですが、「すみません」と言って、すぐ部屋に戻ってバットを1本持ってパンツ一丁になり、また玄関の大広間に戻ってきたんです。
それから素振りを始め、1時間半くらいやりましたね。本当に汗ダクダク、バットを持って立つともうヨタヨタしちゃって、フラフラしている。それでもとにかく振るんです。一生懸命に振る。1時間半くらい振った後で、「よし、明日頑張れば」ということで、衣笠を部屋に帰しました。
僕と関根さんは、また関根さんの部屋へ戻る。関根さんがポツッと、「あー怖かった。酔っ払っているから。バット放したらこっち飛んでくるからねぇ、だからもう本当ハラハラしながら見ていたけど、どうだった? 最後の5回くらい、実に力が抜けた良いスイングしていたよね。あんな感じで打てば良いんだ、あいつは力み過ぎ。さすがに最後の5回くらいはヘトヘトに疲れていて、力の抜けたの振り方しか出来ない、それがベストとは、また随分皮肉なものだね。でも明日ゲームがあったら、もしかしたらホームランを打つかしれない」というようなことを言って、それで寝たんです。
次の日は台風の影響で広島市民球場のスコアボードが壊れ、ゲームは中止。台風後の2試合目、どこの球場だったか忘れましたけれど、衣笠さんがホームランを打ったんです。それは関根さんの予言が当たったとかではなくて、衣笠さんがそうやってホームランを打つという、その頃の衣笠選手の練習ぶり、考え方というのが、後に17年間無休を支えたあの精神に結びつくのではないかと思います。
(ニッポン放送ショウアップナイター)
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