今週は、ピッチャーとキャッチャーのサインについてお話していきたいと思います。サインといえば、プロ野球ではなくてこの春の高校野球で随分サインが問題になりました。
そのサインというのは、キャッチャーのサインをランナーが盗んでいるのではないか。という事で、甲子園が大変な騒ぎになりました。それ以来、サインというのが色々な所で話に出るようになっています。星陵の林監督は「習志野のセカンドランナーが、サインを盗んでバッターボックスのバッターに伝達している。これでは試合にならない」という事を、ゲームに敗れた直後、習志野の監督に抗議をしたという事ですね。
サイン盗みについて振り返ってみると、名二塁手と言われ、大リーグから来たドン・ブラッシンゲームという、身体は小さいけれど頭脳プレーを得意にしていた素晴らしいプレイヤーがいたんです。ドン・ブラッシンゲームという名前は長いので、ブレーザーと呼ばれていましたが、その彼が阪神(1979年と80年)と南海(1981年と82年)で監督を務めたんです。
彼が現役の頃は、それほど騒がれなかったんですが、南海に入ったブラッシンゲームと野村克也さんが意気投合。いわゆるシンキングベースボールというのは、そこからスタートしたと私は思っているんですが、とにかく今まで考えられなかった頭脳を使った野球をするブレーザーに野村さんが傾倒していった。この2人が当時の南海でシンキングベースボールというものを作ったと言えるでしょう。
で、そのブレーザーが阪神と南海の監督をやったとき。阪神と南海にサイン盗みの噂が立ち、案の定やっていたという証拠も出てきた。ただ、その当時は誰もそういう事を考える人がいなかったので、ペナルティもなかった。その時は辞めようという申し合わせだけで終わったのですが、相手チームのサインを盗むということについて私は、「なるほど」という現場を見たことがあります――。
昔のスコアボードは、今みたいに電光掲示板ではなく、木造のスコアボード。甲子園も後楽園も、広島球場もそうでした。
木造のでかいスコアボードであれば、1カ所か2カ所くらい穴が開いていて、その穴から双眼鏡や望遠鏡で見たりというような、原始的なサインを盗む方法がありました。それから、練習が終わったバッティングピッチャーを、外野のスコアボード付近に同じ席を空けておいて、そこにいつも違った女性を1人置いておいてカップルでゲームを見ているような形にする。それで、それほど顔を知られていないバッティングピッチャーが双眼鏡でキャッチャーのサインを覗く。キャッチャーのサインを覗いて速球だったら立ち上がる。カーブだったら腕を回す。といった形で、じっと見ていたら非常に不自然なんですが、そんな事をやった球団もありました。
例えば、ON全盛の頃、阪神がやったという事ではなく甲子園球場で、ジャイアンツが3時半頃になって3塁側の阪神のベンチに入っていく。そうすると、そういった事に一番敏感な柴田勲さんがベンチの天井に向かったり、あるいは四隅へ行って「マイクのテストです」なんてわざと言って、隠しマイクがないかと疑うくらい。本当にそれくらい疑って、サインはもとより、ひそひそ話しも聞こえないように絶対に秘密を外にもらさないようにやっていた。
それでも、ジャイアンツは結構サインを読まれていて、その昔ジャイアンツもやったからという人もいるんですけれども、その辺はよく分からない。それでサイン盗みを防ぐために乱数表なんていう変な表を使ってピッチャーとキャッチャーがお互い見ながらサインを確認し合う。だから時間がかかる。やたら試合時間が長くなってだらけて仕方がない。という事で、12球団で集まり、絶対に止めようと。
そうすると試合も非常にクリアになるし、お互いに気持ちがいい。絶対に止めようという事で何年も前に止めているはずですが、止めているはずというのは、もしかしたら止めていないかもしれないという。ただ確証がある訳ではないので、迂闊な事は申し上げませんが、たまたま高校野球でああいう現実を見てしまうと、いわゆるサイン盗みというのもひょっとしたらできているのかなという気も致します。そういう事がない事を信じて野球を見る以外ないと思いますね。
(ニッポン放送ショウアップナイター)
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そのサインというのは、キャッチャーのサインをランナーが盗んでいるのではないか。という事で、甲子園が大変な騒ぎになりました。それ以来、サインというのが色々な所で話に出るようになっています。星陵の林監督は「習志野のセカンドランナーが、サインを盗んでバッターボックスのバッターに伝達している。これでは試合にならない」という事を、ゲームに敗れた直後、習志野の監督に抗議をしたという事ですね。
サイン盗みについて振り返ってみると、名二塁手と言われ、大リーグから来たドン・ブラッシンゲームという、身体は小さいけれど頭脳プレーを得意にしていた素晴らしいプレイヤーがいたんです。ドン・ブラッシンゲームという名前は長いので、ブレーザーと呼ばれていましたが、その彼が阪神(1979年と80年)と南海(1981年と82年)で監督を務めたんです。
彼が現役の頃は、それほど騒がれなかったんですが、南海に入ったブラッシンゲームと野村克也さんが意気投合。いわゆるシンキングベースボールというのは、そこからスタートしたと私は思っているんですが、とにかく今まで考えられなかった頭脳を使った野球をするブレーザーに野村さんが傾倒していった。この2人が当時の南海でシンキングベースボールというものを作ったと言えるでしょう。
で、そのブレーザーが阪神と南海の監督をやったとき。阪神と南海にサイン盗みの噂が立ち、案の定やっていたという証拠も出てきた。ただ、その当時は誰もそういう事を考える人がいなかったので、ペナルティもなかった。その時は辞めようという申し合わせだけで終わったのですが、相手チームのサインを盗むということについて私は、「なるほど」という現場を見たことがあります――。
昔のスコアボードは、今みたいに電光掲示板ではなく、木造のスコアボード。甲子園も後楽園も、広島球場もそうでした。
木造のでかいスコアボードであれば、1カ所か2カ所くらい穴が開いていて、その穴から双眼鏡や望遠鏡で見たりというような、原始的なサインを盗む方法がありました。それから、練習が終わったバッティングピッチャーを、外野のスコアボード付近に同じ席を空けておいて、そこにいつも違った女性を1人置いておいてカップルでゲームを見ているような形にする。それで、それほど顔を知られていないバッティングピッチャーが双眼鏡でキャッチャーのサインを覗く。キャッチャーのサインを覗いて速球だったら立ち上がる。カーブだったら腕を回す。といった形で、じっと見ていたら非常に不自然なんですが、そんな事をやった球団もありました。
例えば、ON全盛の頃、阪神がやったという事ではなく甲子園球場で、ジャイアンツが3時半頃になって3塁側の阪神のベンチに入っていく。そうすると、そういった事に一番敏感な柴田勲さんがベンチの天井に向かったり、あるいは四隅へ行って「マイクのテストです」なんてわざと言って、隠しマイクがないかと疑うくらい。本当にそれくらい疑って、サインはもとより、ひそひそ話しも聞こえないように絶対に秘密を外にもらさないようにやっていた。
それでも、ジャイアンツは結構サインを読まれていて、その昔ジャイアンツもやったからという人もいるんですけれども、その辺はよく分からない。それでサイン盗みを防ぐために乱数表なんていう変な表を使ってピッチャーとキャッチャーがお互い見ながらサインを確認し合う。だから時間がかかる。やたら試合時間が長くなってだらけて仕方がない。という事で、12球団で集まり、絶対に止めようと。
そうすると試合も非常にクリアになるし、お互いに気持ちがいい。絶対に止めようという事で何年も前に止めているはずですが、止めているはずというのは、もしかしたら止めていないかもしれないという。ただ確証がある訳ではないので、迂闊な事は申し上げませんが、たまたま高校野球でああいう現実を見てしまうと、いわゆるサイン盗みというのもひょっとしたらできているのかなという気も致します。そういう事がない事を信じて野球を見る以外ないと思いますね。
(ニッポン放送ショウアップナイター)
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