今週は、ONの記録的な話をお話したいと思います。
チームとって一番痛い不調は、投手陣の不調だといわれていますが、そのチームの中心打者が、揃って打てなくなると、これはもうエライことになります。
ジャイアンツの場合は、揃って打てなくなったという事はないのですが……どうも岡本が去年ほどではない。ビヤヌエバもちょっと疲れてきた。特に中心選手が、同じピッチャーを苦手にした場合は、どうも監督は、手の打ちようがなくなるんですよね。そうなると、「あのチームは、〇〇投手に弱い」とか「〇〇キラー」と呼ばれるようなピッチャーが出てきて、話題になります。
とにかく中心選手が、苦手選手を別にしておくと、「比較的楽だ!」というか、何とかなるという、その例をお話したいと思います。
そういう点からいうと、理想的には、どうしてもONのコンビに流れ着いてしまいます。
共通の苦手投手というのは、一人も居ませんでした。で、一人も居ないというのは、あのキャリアの中で、凄いと思うんですよね。もっとも、阪神の村山実さんとか、江夏豊さん、こういう超一級のピッチャーは、簡単に打てるピッチャーではないので、この人たちを苦手といったら、プロ野球の全打者が彼らを苦手ですから、この村山さんとか、江夏さんは置いておいて、その他のピッチャーで、「ONが両方揃って苦にした」というピッチャーはいないんですね。
例えば、金田正一さん。のちにジャイアンツに来ちゃいますからなんですが、国鉄時代は、特にデビューの時に、長嶋さんが4打席4三振、王さんは2打席2三振と、この時は、「このふたりは金田さんに苦労するな」と思ったら、ふたりは2年目から、金田さんを良く打ちまして、長嶋さんは、金田さんに対する生涯打率が、.313厘(211打数66安打)で18本塁打。王さんは、次の年の1年で、131打数29安打、打率.283で、次の年の1年だけで、ホームラン13本を打ちまして、ふたりそろって苦手という事はなかったんですね。
大洋ホエールズの平松政次さんが長嶋キラーだったんです。平松さんと言えば『かみそりシュート』。シュートボールがインサイドに食い込んでくるんですけど、これを長嶋さんがどうしても打てなかった。長嶋さんの平松さんに対する生涯打率は「.139」と打てなかったんですが、その代わり、王さんが平松さんに対して「.370」とカモにしていた。ふたり揃ってダメという事ではなかったので、「平松を打てない、平松を打てない」と言いながら、チームとしては攻略していたんですね。
それから、本間勝さんというピッチャーが阪神にいました。長身の右腕で、ボールはそれほど速くなく、スライダーピッチャー。たくさん勝つピッチャーではなかったんですが、王さんが「.149」と、この本間さんの顔を見るのも嫌だというくらい、王さんは打てなかった。ですが、長嶋さんの方は「.435」と、王さんの分まで打ちまくっていた。
ちなみに阪神には、バーンサイドという、1年だけ在籍した左腕がいました。阪神は王対策で獲得し、それが功奏。王さんはバーンサイドに対して「.162」、ホームラン0本。その代わり、長嶋さんが「.390」、ホームラン3本でした。
そのほか、大洋ホエールズに平岡一郎さんというピッチャーがいて、長嶋さんは、平岡さんに対して21打数9安打、打率.429と打ちまくりました。まさにカモにしていたんですが、どういう訳か王さんが、平岡さんを打ちあぐねた。王さんは50打数13安打ホームラン0本、打率は「.260」でした。
したがって、まだ大洋が川崎球場を本拠地にしていた頃、大洋のピンチの場面で王さんが登場すると、「平岡出せ~!」と凄い騒ぎでした。
とはいえ、ふたりが苦手にしていたピッチャーというのが、いない訳でもないんです。
中日に稲葉光雄さんというピッチャーがいて、身長170cmくらいのピッチャーでしたがボールは速い、カーブがいい、スライダーもいい。その稲葉さんに対して、長嶋さんが「.177」、王さんが「.203」だったので、稲葉さんは《ジャイアンツキラー》と呼ばれていました。
それから大洋に、グルンワルドという左のピッチャーが居たのですが、この投手に対して、長嶋さんが7打数0安打、王さんが8打数1安打だった。ONが1年間で、1本しかヒットを打てなかった。グルンワルドというのは、そんな凄いピッチャーだったのかというと、防御率は4.50でした。
という風に、ピッチャーとバッターというのは、なんとも言えない得手不得手があるんですね。
(ニッポン放送ショウアップナイター)
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チームとって一番痛い不調は、投手陣の不調だといわれていますが、そのチームの中心打者が、揃って打てなくなると、これはもうエライことになります。
ジャイアンツの場合は、揃って打てなくなったという事はないのですが……どうも岡本が去年ほどではない。ビヤヌエバもちょっと疲れてきた。特に中心選手が、同じピッチャーを苦手にした場合は、どうも監督は、手の打ちようがなくなるんですよね。そうなると、「あのチームは、〇〇投手に弱い」とか「〇〇キラー」と呼ばれるようなピッチャーが出てきて、話題になります。
とにかく中心選手が、苦手選手を別にしておくと、「比較的楽だ!」というか、何とかなるという、その例をお話したいと思います。
そういう点からいうと、理想的には、どうしてもONのコンビに流れ着いてしまいます。
共通の苦手投手というのは、一人も居ませんでした。で、一人も居ないというのは、あのキャリアの中で、凄いと思うんですよね。もっとも、阪神の村山実さんとか、江夏豊さん、こういう超一級のピッチャーは、簡単に打てるピッチャーではないので、この人たちを苦手といったら、プロ野球の全打者が彼らを苦手ですから、この村山さんとか、江夏さんは置いておいて、その他のピッチャーで、「ONが両方揃って苦にした」というピッチャーはいないんですね。
例えば、金田正一さん。のちにジャイアンツに来ちゃいますからなんですが、国鉄時代は、特にデビューの時に、長嶋さんが4打席4三振、王さんは2打席2三振と、この時は、「このふたりは金田さんに苦労するな」と思ったら、ふたりは2年目から、金田さんを良く打ちまして、長嶋さんは、金田さんに対する生涯打率が、.313厘(211打数66安打)で18本塁打。王さんは、次の年の1年で、131打数29安打、打率.283で、次の年の1年だけで、ホームラン13本を打ちまして、ふたりそろって苦手という事はなかったんですね。
大洋ホエールズの平松政次さんが長嶋キラーだったんです。平松さんと言えば『かみそりシュート』。シュートボールがインサイドに食い込んでくるんですけど、これを長嶋さんがどうしても打てなかった。長嶋さんの平松さんに対する生涯打率は「.139」と打てなかったんですが、その代わり、王さんが平松さんに対して「.370」とカモにしていた。ふたり揃ってダメという事ではなかったので、「平松を打てない、平松を打てない」と言いながら、チームとしては攻略していたんですね。
それから、本間勝さんというピッチャーが阪神にいました。長身の右腕で、ボールはそれほど速くなく、スライダーピッチャー。たくさん勝つピッチャーではなかったんですが、王さんが「.149」と、この本間さんの顔を見るのも嫌だというくらい、王さんは打てなかった。ですが、長嶋さんの方は「.435」と、王さんの分まで打ちまくっていた。
ちなみに阪神には、バーンサイドという、1年だけ在籍した左腕がいました。阪神は王対策で獲得し、それが功奏。王さんはバーンサイドに対して「.162」、ホームラン0本。その代わり、長嶋さんが「.390」、ホームラン3本でした。
そのほか、大洋ホエールズに平岡一郎さんというピッチャーがいて、長嶋さんは、平岡さんに対して21打数9安打、打率.429と打ちまくりました。まさにカモにしていたんですが、どういう訳か王さんが、平岡さんを打ちあぐねた。王さんは50打数13安打ホームラン0本、打率は「.260」でした。
したがって、まだ大洋が川崎球場を本拠地にしていた頃、大洋のピンチの場面で王さんが登場すると、「平岡出せ~!」と凄い騒ぎでした。
とはいえ、ふたりが苦手にしていたピッチャーというのが、いない訳でもないんです。
中日に稲葉光雄さんというピッチャーがいて、身長170cmくらいのピッチャーでしたがボールは速い、カーブがいい、スライダーもいい。その稲葉さんに対して、長嶋さんが「.177」、王さんが「.203」だったので、稲葉さんは《ジャイアンツキラー》と呼ばれていました。
それから大洋に、グルンワルドという左のピッチャーが居たのですが、この投手に対して、長嶋さんが7打数0安打、王さんが8打数1安打だった。ONが1年間で、1本しかヒットを打てなかった。グルンワルドというのは、そんな凄いピッチャーだったのかというと、防御率は4.50でした。
という風に、ピッチャーとバッターというのは、なんとも言えない得手不得手があるんですね。
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