ニュース 2015.03.06. 15:00

なにかと話題の“2ステージ制” かつてはプロ野球でも…

 プロ野球の開幕を前に、明日3月7日に開幕するサッカー・Jリーグの2015年シーズン。今年から11年ぶりに“2ステージ制”が導入され、22年目を迎えたJリーグが新たな一歩を踏み出す。

 かつてプロ野球でも、その“2ステージ制”のような形を採用していた時期があった。球界では“2シーズン制”と呼ばれたこの体制は、これまでに2度行われている。

 まずはプロ野球黎明期の1937年。まだ1リーグしかなかったこの時代、シーズンを春季と秋季に分けて戦い、春季優勝チームと秋季優勝チームによる優勝決定戦が行われていた。ちなみに優勝決定戦の勝者を優勝と認め、期間ごとの優勝については球団の通算優勝回数には含まないことになっている。

 その後、1950年から現在のセ・パ2リーグ制がはじまり、1973年のシーズンからパ・リーグ限定で再びこの“2シーズン制”が復活する。

 理由は今回のJリーグの発案と近く、というかもっと深刻で、1973年というのは巨人がV8を達成して迎えたシーズン。セ・リーグが、そして巨人が圧倒的な人気を誇っていた時期であり、リーグの年間観客動員数で見てもセが619万5500人であったのに対してパは253万9800人。1試合平均にして約9000人少ないというほどに大きく水を開けられた状態であった。なんとかそこから脱却するための案として、「山場を2度作ろう」という発想に至ったものである。

 当時のリーグ戦は130試合制で、それを前後期65試合ずつに分けて争われた。制度導入元年の1973年は、前期はロッテとの激戦を制した野村克也監督(当時38歳)率いる南海が優勝(勝率.594)。後期は、西本幸雄監督率いる阪急が独走で制した(勝率.694)。

 そして、年間優勝をかけた5回戦制のプレーオフ。前期優勝の南海は、後期で阪急を相手に12敗1分と完敗しており、下馬評では阪急の圧倒的有利であったが、フタを開けてみたら3勝2敗で南海が突破。これをメディアは「死んだふり作戦」と形容した。

 その後の日本シリーズでは、南海は巨人を前に1勝4敗で屈し、“V9”を許したものの、73年のパ・リーグの年間観客動員数は406万200人。前年比で約60%増という大成功を収めた。

 ただし、徐々に慣れてくると、1つの期間が65試合しかないこともあり、下位チームはチャンスを逸したと見るや諦めるのも早く、各期の終盤になると下位チームの試合では無気力な展開になることも多々見受けられるようになる。一方で、強豪であっても前期で優勝すると後期に緩むという傾向が顕著に現れ、制度が終了した1982年までの9年間で、前後期完全優勝を成し遂げたチームは76年と78年の阪急だけであった。

 結局、ピーク時は約580万人に迫ったパ・リーグの観客動員数も、最終年の82年には481万7200人に落ち着いた。導入当初よりは増えたとはいえ、導入前のセ・リーグの動員数に届くことはなかった。ちなみに82年、セ・リーグは1092万8500人を動員している。

 Jリーグだけでなく、プロ野球も今年から交流戦がさらに縮小されて全143試合制になるなど、変革を経て迎える2015年のシーズン。共に賛否両論あった中で、実際にやってみてどのような感想・意見が出てくるのか。スポーツは違えど、共通の課題である『魅力あるリーグづくり』のためのヒントが見つかることに期待をして、新たなシーズンを見て行きたい。
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