話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、パ・リーグのクライマックスシリーズ(CS)で活躍を見せた千葉ロッテマリーンズ・安田尚憲選手と、その躍進を陰で支えたベテラン・鳥谷敬選手にまつわるエピソードを取り上げる。
「CSが初めての選手ばかりで、いい経験になった。若い子もしっかりと活躍してくれたし、来年につながる」(CS終了後、ロッテ・井口資仁監督のコメント)
11月15日に、ソフトバンク2連勝で幕を閉じた2020年のパCS。これでソフトバンクは4年連続でCSを制覇、王者の貫禄を見せつけましたが、敗れたとはいえ、レギュラーシーズン2位・ロッテの健闘ぶりは十分、賞賛に値するものでした。
第1戦・第2戦ともに先取点を奪い、いずれも逆転されたものの、最後までソフトバンクを苦しめたロッテ。レギュラーシーズンでの両者の対戦は、ロッテが12勝11敗1分と勝ち越しており、シーズン終盤の、新型コロナ禍による選手の大量離脱、マーティンの故障がなければ……とつくづく思います。
とはいえ、今回のCSで、ロッテには大きな収穫がありました。チームの将来を担うドラフト1位の高卒野手2人が活躍したことです。今季プロ3年目・安田尚憲(履正社高卒)と、2年目・藤原恭大(大阪桐蔭高卒)のコンビです。
安田は第1戦に7番・サードで出場し、千賀から先制2ランを放ちました。第2戦では4番に昇格し、初回1死二・三塁から左中間へ先制の2点二塁打。さらに7回は中越え二塁打、9回も中前打と3安打の大活躍。しっかり「4番」の役割を果たしました。
また藤原は、2戦とも2番・センターで先発し、フル出場。第2戦では3安打1四球と4度も出塁。2回にはソフトバンクの正捕手・甲斐拓也が誇る「甲斐キャノン」をかいくぐって二盗を成功させています。藤原は4回にも1死一・三塁のチャンスに二盗を試み、こちらはストライク返球で刺されましたが、甲斐を本気にさせた走力には光るものがありました。
筆者も第2戦を球場で観戦しました。印象的だったのは、ロッテが2点を追う9回表、最後の攻撃です。点が入らなければシーズンが終わってしまう絶体絶命の場面。ソフトバンクの守護神・森唯斗から、まず先頭の藤原がショートへの内野安打で出塁。1死後、安田がセンター前へ。ともにこの日3安打目を放ち、最後まで食い下がりました。
結局、後続の打者が2人を返せず、10年ぶりの日本シリーズ進出と「下剋上日本一」の夢はついえましたが、塁上に立つ若き2人の姿を見て「ロッテの未来がここにある」と感じました。
試合後、安田は、2回と4回にチャンスで三振した場面を振り返って「あそこで打てば流れは変わった。自分の実力不足。もっと練習しなくちゃいけない」と反省の弁を口にしました。
また藤原も、「今年は体力面でまだまだと強く実感したので、1年間、1軍で143試合出る体力をつけたい」とコメント。視線はもう来年(2021年)を向いています。藤原は試合翌日の16日に福岡から宮崎へ直行。フェニックス・リーグ(若手育成のための秋季教育リーグ)に出場するためで、安田も参加予定です。
今季は夏場からしばらく4番を任されるなど、3年目で大きな飛躍を見せた安田。昨季、イースタンリーグ(2軍戦)で116安打・19本塁打・82打点と3部門でリーグトップの成績を残しましたが、1軍では日本ハムから移籍して来たレアードがサードのレギュラーとして活躍。そのため1軍出場を果たせず、不完全燃焼のままシーズンが終わりました。
心機一転臨んだ2020年。新型コロナ禍で開幕が再三延期される難しいシーズンになりましたが、開幕直前、レギュラーを目指す安田にとって指針を与えてくれる選手がロッテにやって来ました。昨年オフに阪神を戦力外になった、プロ17年目のベテラン・鳥谷敬です。
井口監督とはかつて、チームこそ違えど、一緒に自主トレを行う仲だった鳥谷。阪神を戦力外になった際、ロッテは移籍先の最有力候補と見られていました。しかし、今年の春季キャンプが始まってもオファーはなく、鳥谷は結局、自主キャンプを行うことに。内野の若返りを進めるロッテのチーム方針に、鳥谷獲得は逆行するからです。
しかし春季キャンプ・オープン戦・練習試合では、首脳陣の期待に見合うだけの若手内野手の底上げは見られませんでした。内野ならどこでも守れた鈴木大地が楽天にFA移籍した穴も大きく、「内野の厚みを増す必要を感じた」(松本球団本部長)と、ロッテは3月、開幕直前になって鳥谷獲得を発表。ファンの間でも賛否両論ありましたが、昨オフから鳥谷獲得を熱望していた井口監督には、3つの狙いがありました。
1つめは、チャンスを与えられながら、レギュラーの座をつかめずにいる若手たちに刺激を与えること。井口監督は鳥谷入団時に「(単なる控えではなく)ポジション争いをしてもらう」とコメント。三塁だけでなく内野の全ポジションを練習させ、実際に何度かスタメンで鳥谷を起用しました。
阪神時代はプロ野球歴代2位の1939試合連続出場を記録し、長きにわたって遊撃のポジションを堅持した鳥谷。全盛時に比べれば衰えたとはいえ、若手に混じって全力で練習に取り組み、声が掛かればいつでも先発で行けるようコンディションを整える姿勢は、ロッテ移籍後も何ら変わりませんでした。その姿を見て「長年レギュラーを張った選手は、普段の取り組みからして違うんだな」と実感した若手も多かったはず。安田もその1人です。
2つめは、若手たちへのアドバイザーとしての役割です。鳥谷にとって若手内野手たちはライバルでもありますが、調整法や、打撃・守備・走塁について「聞かれれば教える」姿勢も阪神時代と同じでした。安田は鳥谷と同じ左打者。バッティング技術だけでなく、守備についても、鳥谷からグラブの使い方やポジショニングなどを細かく教わりました。
3つめは、「優勝経験」です。鳥谷はプロ2年目の2005年、岡田彰布監督のもと、開幕から遊撃手として全試合に出場。自身初のリーグ優勝を経験しました。岡田監督時代の阪神は、落合博満監督率いる中日、原辰徳監督率いる巨人と毎年のように優勝を争い、鳥谷もしびれるような試合を何度も経験しています。
10年前の下剋上日本一を知るロッテの野手は、いまや清田育宏・荻野貴司・角中勝也・細谷圭の4人だけになりました。今回のCSで出場機会はありませんでしたが、井口監督が鳥谷をベンチに置いたのは、修羅場での経験値を買ってのことです。
今季、鳥谷はレギュラーシーズン42試合に出場し、打率.139、0本塁打、6打点。確かに、数字だけ見ると戦力としては機能しませんでしたし、シーズン終盤、新型コロナウイルス感染で1軍を離れるアクシデントもありました。しかし、ベンチにいるだけで価値のある選手もいるのです。
今季、安田がレギュラーシーズン1号本塁打を放った際、鳥谷がわがことのように喜び、ベンチで出迎えたシーンがありました。安田のレギュラー獲得は、もちろん本人の努力の賜であり、4番として辛抱強く使った井口監督の起用もあってのことですが、陰でアドバイスを送り、手本を示した鳥谷の働きもまた大きかったように思います。
CS終了後、来季の去就について明言を避けた鳥谷。16年ぶりのリーグ優勝と、「下剋上」のつかない日本一を目指す井口監督にとっては、依然必要な“戦力”ではないでしょうか。
「CSが初めての選手ばかりで、いい経験になった。若い子もしっかりと活躍してくれたし、来年につながる」(CS終了後、ロッテ・井口資仁監督のコメント)
11月15日に、ソフトバンク2連勝で幕を閉じた2020年のパCS。これでソフトバンクは4年連続でCSを制覇、王者の貫禄を見せつけましたが、敗れたとはいえ、レギュラーシーズン2位・ロッテの健闘ぶりは十分、賞賛に値するものでした。
第1戦・第2戦ともに先取点を奪い、いずれも逆転されたものの、最後までソフトバンクを苦しめたロッテ。レギュラーシーズンでの両者の対戦は、ロッテが12勝11敗1分と勝ち越しており、シーズン終盤の、新型コロナ禍による選手の大量離脱、マーティンの故障がなければ……とつくづく思います。
とはいえ、今回のCSで、ロッテには大きな収穫がありました。チームの将来を担うドラフト1位の高卒野手2人が活躍したことです。今季プロ3年目・安田尚憲(履正社高卒)と、2年目・藤原恭大(大阪桐蔭高卒)のコンビです。
安田は第1戦に7番・サードで出場し、千賀から先制2ランを放ちました。第2戦では4番に昇格し、初回1死二・三塁から左中間へ先制の2点二塁打。さらに7回は中越え二塁打、9回も中前打と3安打の大活躍。しっかり「4番」の役割を果たしました。
また藤原は、2戦とも2番・センターで先発し、フル出場。第2戦では3安打1四球と4度も出塁。2回にはソフトバンクの正捕手・甲斐拓也が誇る「甲斐キャノン」をかいくぐって二盗を成功させています。藤原は4回にも1死一・三塁のチャンスに二盗を試み、こちらはストライク返球で刺されましたが、甲斐を本気にさせた走力には光るものがありました。
筆者も第2戦を球場で観戦しました。印象的だったのは、ロッテが2点を追う9回表、最後の攻撃です。点が入らなければシーズンが終わってしまう絶体絶命の場面。ソフトバンクの守護神・森唯斗から、まず先頭の藤原がショートへの内野安打で出塁。1死後、安田がセンター前へ。ともにこの日3安打目を放ち、最後まで食い下がりました。
結局、後続の打者が2人を返せず、10年ぶりの日本シリーズ進出と「下剋上日本一」の夢はついえましたが、塁上に立つ若き2人の姿を見て「ロッテの未来がここにある」と感じました。
試合後、安田は、2回と4回にチャンスで三振した場面を振り返って「あそこで打てば流れは変わった。自分の実力不足。もっと練習しなくちゃいけない」と反省の弁を口にしました。
また藤原も、「今年は体力面でまだまだと強く実感したので、1年間、1軍で143試合出る体力をつけたい」とコメント。視線はもう来年(2021年)を向いています。藤原は試合翌日の16日に福岡から宮崎へ直行。フェニックス・リーグ(若手育成のための秋季教育リーグ)に出場するためで、安田も参加予定です。
今季は夏場からしばらく4番を任されるなど、3年目で大きな飛躍を見せた安田。昨季、イースタンリーグ(2軍戦)で116安打・19本塁打・82打点と3部門でリーグトップの成績を残しましたが、1軍では日本ハムから移籍して来たレアードがサードのレギュラーとして活躍。そのため1軍出場を果たせず、不完全燃焼のままシーズンが終わりました。
心機一転臨んだ2020年。新型コロナ禍で開幕が再三延期される難しいシーズンになりましたが、開幕直前、レギュラーを目指す安田にとって指針を与えてくれる選手がロッテにやって来ました。昨年オフに阪神を戦力外になった、プロ17年目のベテラン・鳥谷敬です。
井口監督とはかつて、チームこそ違えど、一緒に自主トレを行う仲だった鳥谷。阪神を戦力外になった際、ロッテは移籍先の最有力候補と見られていました。しかし、今年の春季キャンプが始まってもオファーはなく、鳥谷は結局、自主キャンプを行うことに。内野の若返りを進めるロッテのチーム方針に、鳥谷獲得は逆行するからです。
しかし春季キャンプ・オープン戦・練習試合では、首脳陣の期待に見合うだけの若手内野手の底上げは見られませんでした。内野ならどこでも守れた鈴木大地が楽天にFA移籍した穴も大きく、「内野の厚みを増す必要を感じた」(松本球団本部長)と、ロッテは3月、開幕直前になって鳥谷獲得を発表。ファンの間でも賛否両論ありましたが、昨オフから鳥谷獲得を熱望していた井口監督には、3つの狙いがありました。
1つめは、チャンスを与えられながら、レギュラーの座をつかめずにいる若手たちに刺激を与えること。井口監督は鳥谷入団時に「(単なる控えではなく)ポジション争いをしてもらう」とコメント。三塁だけでなく内野の全ポジションを練習させ、実際に何度かスタメンで鳥谷を起用しました。
阪神時代はプロ野球歴代2位の1939試合連続出場を記録し、長きにわたって遊撃のポジションを堅持した鳥谷。全盛時に比べれば衰えたとはいえ、若手に混じって全力で練習に取り組み、声が掛かればいつでも先発で行けるようコンディションを整える姿勢は、ロッテ移籍後も何ら変わりませんでした。その姿を見て「長年レギュラーを張った選手は、普段の取り組みからして違うんだな」と実感した若手も多かったはず。安田もその1人です。
2つめは、若手たちへのアドバイザーとしての役割です。鳥谷にとって若手内野手たちはライバルでもありますが、調整法や、打撃・守備・走塁について「聞かれれば教える」姿勢も阪神時代と同じでした。安田は鳥谷と同じ左打者。バッティング技術だけでなく、守備についても、鳥谷からグラブの使い方やポジショニングなどを細かく教わりました。
3つめは、「優勝経験」です。鳥谷はプロ2年目の2005年、岡田彰布監督のもと、開幕から遊撃手として全試合に出場。自身初のリーグ優勝を経験しました。岡田監督時代の阪神は、落合博満監督率いる中日、原辰徳監督率いる巨人と毎年のように優勝を争い、鳥谷もしびれるような試合を何度も経験しています。
10年前の下剋上日本一を知るロッテの野手は、いまや清田育宏・荻野貴司・角中勝也・細谷圭の4人だけになりました。今回のCSで出場機会はありませんでしたが、井口監督が鳥谷をベンチに置いたのは、修羅場での経験値を買ってのことです。
今季、鳥谷はレギュラーシーズン42試合に出場し、打率.139、0本塁打、6打点。確かに、数字だけ見ると戦力としては機能しませんでしたし、シーズン終盤、新型コロナウイルス感染で1軍を離れるアクシデントもありました。しかし、ベンチにいるだけで価値のある選手もいるのです。
今季、安田がレギュラーシーズン1号本塁打を放った際、鳥谷がわがことのように喜び、ベンチで出迎えたシーンがありました。安田のレギュラー獲得は、もちろん本人の努力の賜であり、4番として辛抱強く使った井口監督の起用もあってのことですが、陰でアドバイスを送り、手本を示した鳥谷の働きもまた大きかったように思います。
CS終了後、来季の去就について明言を避けた鳥谷。16年ぶりのリーグ優勝と、「下剋上」のつかない日本一を目指す井口監督にとっては、依然必要な“戦力”ではないでしょうか。