ニュース 2022.09.30. 17:31

福留・内川……40代で引退する選手が若手に贈った「貴重な言葉」

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【プロ野球中日対巨人】引退セレモニー 立浪和義監督から花束を受け取り涙をこらえる福留孝介=2022年9月23日 バンテリンドームナゴヤ 写真提供:産経新聞社
話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、今年引退を発表した40代のプロ野球選手たちが、若手に贈った言葉にまつわるエピソードを紹介する。

いよいよプロ野球のペナントレースも大詰め。例年9月は優勝が決まる時期であると同時に、かつて一時代を築いたベテラン選手たちがユニフォームを脱ぐ時期でもあります。

NPBで、今季(2022年)40代の現役選手は11人いました(12月に40歳となるオリックス・比嘉幹貴を含む)。このうち、今季現役最年長の45歳、中日・福留孝介はじめ、オリックス・能見篤史(43歳)、阪神・糸井嘉男(41歳)、西武・内海哲也(40歳)、ヤクルト・内川聖一(40歳)と半数近い5人が今季限りでの引退を発表しました。

実力主義、競争の激しい世界で、長期間にわたり活躍してきた選手たちの言葉には重みがあります。きょうはベテラン選手たちが引退前に、チームの将来を担う若手たちに贈った言葉を取り上げてみましょう。

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『ここにいる皆さんは1軍を目指してやっていると思います。若い選手も多い。ただ必ずユニホームを脱ぐというのは、皆が通る道。早いか遅いかは今、皆がどういう気持ちを持ってやっているかだと思う』

~『中日スポーツ』2022年9月16日配信記事 より(福留孝介のコメント)

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これは9月16日、中日・福留孝介(1977年4月26日生・45歳)が2軍の本拠地・ナゴヤ球場に出向き、全体練習前に行った挨拶の一部です。福留が言うように、20代で引退を余儀なくされる選手もいれば、45歳までプレーする選手もいます。早くなるか遅くなるかは、あくまで選手次第なのです。

長くプレーするために、ときには自分を追い込むことも必要です。福留が阪神に在籍していたとき、特に印象に残っているのは、昼に鳴尾浜球場で行われる2軍戦に出場したあと、夜は甲子園のナイターに出場するという、いわゆる「親子ゲーム」をやっていたことです。

これは普通1軍半の若手がすることで、当然疲労が残りますから、実績のあるベテランが実践するのは異例のこと。しかし福留は、いまの自分に必要と思えば、こうして自分をとことんまで追い込んできました。

阪神の将来のエース候補と期待される西純矢は、ファームで調整中の福留からこんなアドバイスを受けたと語っています。

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「福留さんからの『孤独に耐えろ』という言葉が印象に残っていて、『自分の意志を持って、プロ野球選手として練習をしないとダメだぞ』と鳴尾浜で言っていただきました」

~『デイリースポーツonline』2022年9月9日配信記事 より(西純矢のコメント)

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45歳までプレーできたのも、こういった強靱な意志による、日々の鍛錬の賜。その姿を見て、プロとしての心構えを見直した若手・中堅選手も多く、福留が阪神のチーム強化に果たした役割は非常に大きいのです。

福留は、冒頭の挨拶のあと、中日の2軍選手たちを前にこう続けました。

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「正直に言えば、ここにいる若い選手に、僕はまだまだ負けないという気持ちも持っている。でも今年ユニホームを脱ぐので、僕が『ユニホームを脱いでよかった』『こいつらに負けたな』と思える姿を来年、見せてもらえるように、頑張ってください」

~『中日スポーツ』2022年9月16日配信記事 より(福留孝介のコメント)

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実に福留らしい言葉です。「自分のプレーを通じて、ファンの心に何を残せるか」を常に考えて現役生活を続けてきた福留。中日は今季最下位に沈みましたが、チームを再浮上させるには若手の成長が必要不可欠です。

今季は立浪和義監督の抜擢によって、最多安打のタイトルを争う岡林勇希や、京田陽太に代わってショートに定着した土田龍空など、将来が楽しみな若手も現れました。彼らは守備でも再三にわたり好プレーを披露。岡林の強肩は他球団にも知れ渡り、外野からの返球「レーザービーム」は、かつての福留を彷彿とさせます。

来季、福留に「辞めて正解だった」と思わせ、ファンを満足させるプレーができる選手が何人現れるか。強竜復活は、そこに懸かっています。

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『若い頃からこれ以上できないと思って、とことんやってきたつもりですけど、今思えば、もう少し出来たと、後悔の方が先にくるんですよね。今の選手の姿も見てますし、なかなか今以上やれとは言えないですけど。後悔のないように頑張ってほしいと思います』

~『日刊スポーツ』2022年9月28日配信記事 より(内川聖一のコメント)

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通算2185安打、横浜・ソフトバンク在籍時に首位打者を獲得し、プロ野球史上2人目となる「両リーグ首位打者」の偉業を達成したヤクルト・内川聖一(1982年8月4日生、40歳)。ソフトバンクでは4度のリーグ優勝と、6度の日本一に貢献しています。

昨季(2021年)からヤクルトに移籍。しかしファームでは好成績を残しながらなかなか1軍に昇格できず、9月28日、神宮球場で会見を行い引退を発表。「NPBでは第一線から退く」という微妙な言い回しながら、22年間の現役生活に別れを告げることになりました。

2008年、横浜時代に右打者では日本人最高の打率3割7分8厘を記録した内川。一塁に近く内野安打が稼げる左打者と違い、右打者でこの数字は驚異的で、その背景には並々ならぬ練習量がありました。

会見で、現役時代のいちばんの想い出として、3度出場した野球世界一決定戦「WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)」を挙げた内川。

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『無我夢中でしたね。1回目は野手最年少で、2回目はレギュラーとして。3回目は代打という形でも使っていただきました。一番忘れられないのは、日本を離れて「君が代」を聴いた時に、自分は日本人なんだと改めて感じましたし、日の丸を背負うというのはこういうことなんだと』

~『日刊スポーツ』2022年9月29日配信記事 より(内川聖一のコメント)

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「そんな大舞台を3度も経験した先輩として、若手に伝えたいことは?」と聞かれた内川は、こう答えました。

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『野球をやることを、試合をやることを怖いと思った。日本代表として。それを教えてもらったことで、さらに野球と正面から向き合うきっかけをもらった。ぜひそういう舞台を経験してもらいたい』

~『日刊スポーツ』2022年9月29日配信記事 より(内川聖一のコメント)

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内川ほどの実力者でも「野球が怖い」と思ったWBC。3連覇を懸けた2013年の第3回大会では「一生忘れられないプレー」と言うダブルスチール失敗が響き、優勝を逃すという苦い経験もしました。

そんな、痺れるような舞台を経験することが、いちばんの成長の糧になると語った内川。令和初の三冠王が目前の村上宗隆をはじめ、内川が在籍したヤクルト・ソフトバンク・DeNAには有望な若手が大勢います。

来年(2023年)は開幕前にWBCが開催されます。彼らのなかから、何人が侍ジャパンに選ばれ、大舞台を経験できるのか? コーチあるいはアドバイザーとして、内川に関わって欲しいと思うのは、私だけではないはずです。
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