話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、11月19日、初陣となった「アジアプロ野球チャンピオンシップ」で侍ジャパンをみごと優勝に導いた井端弘和監督にまつわるエピソードを紹介する。
3月、侍ジャパンの14年ぶりWBC制覇で幕を開けた2023年のプロ野球。締めくくったのも「侍ジャパンのV」でした。東京ドームで開催された「アジアプロ野球チャンピオンシップ」。日本・韓国・チャイニーズタイペイ(台湾)・オーストラリアの4チームがアジア一の座を競ったこの大会、日本代表・侍ジャパンは予選リーグも含め、4戦全勝で連覇を飾りました。特に決勝の韓国戦は、タイブレークにもつれ込んだ延長10回、巨人のルーキー・門脇誠がサヨナラヒットを放つという劇的勝利。まさに100点満点の締めくくりでした。
今回、侍ジャパンを率いたのは井端弘和監督です。前任の栗山英樹監督がWBCで大成功を収めた直後だけに「そのあとはやりにくい」ということなのか、後任探しは難航。今回のアジアプロ野球チャンピオンシップは「24歳以下、または入団3年目以内の選手(オーバーエイジ枠3名を除く)」という縛りがあるため、WBCのようなスター軍団はつくれません。さらに「将来、侍の中心となる若手たちに経験を積ませる」というミッションも課せられ、かつ優勝が絶対条件。候補者たちが尻込みしたのもわかります。
そんな火中の栗を「日本球界への恩返し」と喜んで拾ったのが井端監督でした。発表されたとき「代表監督にしては地味じゃないか?」という失礼な声もありましたが、いやいや、最適の人選でした。
井端監督は現役時代、中日で荒木雅博選手と「アライバ」と呼ばれる1・2番コンビを組み、守っては鉄壁の二遊間を形成。落合博満監督時代の黄金期に貢献しました。その後、巨人に移籍。親友・高橋由伸選手が引退して巨人監督に就任すると一緒に引退し、2018年まで3シーズン、巨人でコーチを務めました。
また侍ジャパンのコーチも兼任。2017年、前回のアジアプロ野球チャンピオンシップでも優勝に貢献しています。高橋監督が辞任すると巨人を退団し、日米野球(2018年)、WBSCプレミア12(2019年)、東京オリンピック(2021年)で侍のコーチを歴任。2022年からはU-12侍ジャパン監督に就任し、少年世代の育成も担当しています。
こういった豊富な指導者経験と、侍ジャパンへの積極的なコミットが評価され、晴れてトップチームを率いることになったのです。今年(2023年)10月の就任会見で、井端監督はこのように抱負を語りました。
さすが、自分の使命をよくわかっています。そもそもなぜ侍ジャパンが結成され、国際試合を行っているのか? 野球人口を増やし、裾野を広げるためです。そのためには、少年世代が憧れるプレーヤーを侍に呼び、彼らの潜在能力を存分に引き出せる人物が指揮をとるべきで、その意味でも井端監督は適任でした。
今回のアジアプロ野球チャンピオンシップ、4試合の井端采配を観て感じたのは「適材適所、ムダのない起用」です。さまざまな縛りがかかるなか、井端監督は各球団から「自分の目で見た有望株」26人を選びました。WBCに出場したのはDeNA・牧秀悟のみ。オーバーエイジ枠はヤクルト・田口麗斗、西武・今井達也、広島・坂倉将吾の3人を選出。それぞれ、きちんと理由があります。
打の柱として、WBC経験のある牧を4番に据え、また守備の要となる捕手には、打力もある坂倉を選出。若手が中心ゆえ、どうしても生じる「穴」を埋めてくれる選手を的確に選んでいます。
特に今大会の選手起用で特筆すべきは、日本ハム・根本悠楓を抜擢し、中継ぎで起用したことです。根本は本来先発投手ですが、予選リーグ初戦の台湾戦では同点の6回に登板。みごと3者凡退に抑えて流れを呼び込み、直後に決勝点が入りました。
韓国との決勝でも、牧のエラーなどが絡んで先発・今井が2点を失ったあとに、5回から2番手で登板。再び3者凡退に抑えると、その裏に牧が反撃のノロシを上げるソロアーチを放ちます。6回も3者凡退に抑えたあと、佐藤輝明の同点犠飛が生まれました。
根本は中継ぎでもいい働きをしてくれる、と確信していたかのような起用法。実は井端監督、根本を高校時代からしっかり視察していたのです。苫小牧中央高校出身の根本は甲子園経験はありません。ではいつ視察したのか? 何と井端監督、「北海道にいい高校生投手がいる」という情報を聞きつけ、わざわざ北海道までプライベートで足を運んでいたのです!
高校時代の根本を観に行ったとき、井端監督は解説者で、巨人のコーチはすでに退任していました。誰に頼まれたわけでもないのに、いい投手がいると聞けば遠隔地でも直接観に行く……これは根っから野球が好きじゃないとできないことです。
先日、ドラフト会議の結果を速報するWeb番組にゲスト出演した井端監督。各球団が指名した選手について、高校・大学・社会人・独立リーグを問わず、下位指名の選手でも詳しくコメントしていたのには驚きました。侍ジャパンの指揮官を引き受ける前から、自主的にアマ野球をくまなく観ていた証しです。
大学時代の先輩に頼んで、社会人野球のコーチを経験させてもらったり、U-15日本代表の監督も兼任したいと強く希望したのも、将来性のあるアマ選手は世代を問わず、すべて直接観て把握しておきたいからでしょう。
一方、指揮官がきちんと自分のプレーを観てくれていることは、選手にとっても大きな励みになります。決勝で優勝を決めるサヨナラ打を放った門脇はこう語っています。
この一言も、普段から門脇のプレーをよく観察しているから言えること。また、延長10回のサヨナラ劇は、阪神・森下翔太に代わり「ピンチバンター」として登場した西武・古賀悠斗がきっちりバントを決めたことが大きくモノを言いました。古賀にとってはプレッシャーがかかる場面でしたが、金子誠ヘッドコーチは試合後、こう証言しています。
井端監督は合宿のときから、バント要員としての起用があることを何度も古賀に伝えていたそうで、備えていたからこそ、古賀もきっちり仕事ができたのです。この「備える力」こそ、井端監督の非凡なところです。
さらに驚いたのが、決勝翌日の20日、学生野球の明治神宮大会が行われていた神宮球場に井端監督が現れたことです。来年(2024年)秋のドラフト有力候補たちのプレーをいち早く把握しておきたいからで、本当に頭が下がります。来年秋に予定されている国際大会「プレミア12」までと言わず、ぜひ次回のWBCまで指揮をとって欲しいと思うのは、私だけではないでしょう。
3月、侍ジャパンの14年ぶりWBC制覇で幕を開けた2023年のプロ野球。締めくくったのも「侍ジャパンのV」でした。東京ドームで開催された「アジアプロ野球チャンピオンシップ」。日本・韓国・チャイニーズタイペイ(台湾)・オーストラリアの4チームがアジア一の座を競ったこの大会、日本代表・侍ジャパンは予選リーグも含め、4戦全勝で連覇を飾りました。特に決勝の韓国戦は、タイブレークにもつれ込んだ延長10回、巨人のルーキー・門脇誠がサヨナラヒットを放つという劇的勝利。まさに100点満点の締めくくりでした。
今回、侍ジャパンを率いたのは井端弘和監督です。前任の栗山英樹監督がWBCで大成功を収めた直後だけに「そのあとはやりにくい」ということなのか、後任探しは難航。今回のアジアプロ野球チャンピオンシップは「24歳以下、または入団3年目以内の選手(オーバーエイジ枠3名を除く)」という縛りがあるため、WBCのようなスター軍団はつくれません。さらに「将来、侍の中心となる若手たちに経験を積ませる」というミッションも課せられ、かつ優勝が絶対条件。候補者たちが尻込みしたのもわかります。
そんな火中の栗を「日本球界への恩返し」と喜んで拾ったのが井端監督でした。発表されたとき「代表監督にしては地味じゃないか?」という失礼な声もありましたが、いやいや、最適の人選でした。
井端監督は現役時代、中日で荒木雅博選手と「アライバ」と呼ばれる1・2番コンビを組み、守っては鉄壁の二遊間を形成。落合博満監督時代の黄金期に貢献しました。その後、巨人に移籍。親友・高橋由伸選手が引退して巨人監督に就任すると一緒に引退し、2018年まで3シーズン、巨人でコーチを務めました。
また侍ジャパンのコーチも兼任。2017年、前回のアジアプロ野球チャンピオンシップでも優勝に貢献しています。高橋監督が辞任すると巨人を退団し、日米野球(2018年)、WBSCプレミア12(2019年)、東京オリンピック(2021年)で侍のコーチを歴任。2022年からはU-12侍ジャパン監督に就任し、少年世代の育成も担当しています。
こういった豊富な指導者経験と、侍ジャパンへの積極的なコミットが評価され、晴れてトップチームを率いることになったのです。今年(2023年)10月の就任会見で、井端監督はこのように抱負を語りました。
『様々な世代の野球に携わらせていただきました。トップチームは各世代の集大成であり夢でもある。一流の選手たちの魅力を最大限に引き出したいです』
~野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト(2023年10月4日配信記事)より
さすが、自分の使命をよくわかっています。そもそもなぜ侍ジャパンが結成され、国際試合を行っているのか? 野球人口を増やし、裾野を広げるためです。そのためには、少年世代が憧れるプレーヤーを侍に呼び、彼らの潜在能力を存分に引き出せる人物が指揮をとるべきで、その意味でも井端監督は適任でした。
今回のアジアプロ野球チャンピオンシップ、4試合の井端采配を観て感じたのは「適材適所、ムダのない起用」です。さまざまな縛りがかかるなか、井端監督は各球団から「自分の目で見た有望株」26人を選びました。WBCに出場したのはDeNA・牧秀悟のみ。オーバーエイジ枠はヤクルト・田口麗斗、西武・今井達也、広島・坂倉将吾の3人を選出。それぞれ、きちんと理由があります。
『投手ではOAで田口、今井。今井投手は今年2桁勝ちましたけどもっと上を目指せる投手かなと思いますし、田口投手も抑えというところでは若い選手で抑えのある経験がある選手がいなかったので選んだ。この2人に引っ張っていってほしい』
~『Full-Count』2023年10月24日配信記事 より(井端監督のコメント)
打の柱として、WBC経験のある牧を4番に据え、また守備の要となる捕手には、打力もある坂倉を選出。若手が中心ゆえ、どうしても生じる「穴」を埋めてくれる選手を的確に選んでいます。
特に今大会の選手起用で特筆すべきは、日本ハム・根本悠楓を抜擢し、中継ぎで起用したことです。根本は本来先発投手ですが、予選リーグ初戦の台湾戦では同点の6回に登板。みごと3者凡退に抑えて流れを呼び込み、直後に決勝点が入りました。
韓国との決勝でも、牧のエラーなどが絡んで先発・今井が2点を失ったあとに、5回から2番手で登板。再び3者凡退に抑えると、その裏に牧が反撃のノロシを上げるソロアーチを放ちます。6回も3者凡退に抑えたあと、佐藤輝明の同点犠飛が生まれました。
根本は中継ぎでもいい働きをしてくれる、と確信していたかのような起用法。実は井端監督、根本を高校時代からしっかり視察していたのです。苫小牧中央高校出身の根本は甲子園経験はありません。ではいつ視察したのか? 何と井端監督、「北海道にいい高校生投手がいる」という情報を聞きつけ、わざわざ北海道までプライベートで足を運んでいたのです!
『根本? 見てますよ。仕事としてではなく。本人が知っているかはわからないけど。僕はこっそりと見るから』
~『中日スポーツ』2023年11月20日配信記事 より(井端監督のコメント)
高校時代の根本を観に行ったとき、井端監督は解説者で、巨人のコーチはすでに退任していました。誰に頼まれたわけでもないのに、いい投手がいると聞けば遠隔地でも直接観に行く……これは根っから野球が好きじゃないとできないことです。
先日、ドラフト会議の結果を速報するWeb番組にゲスト出演した井端監督。各球団が指名した選手について、高校・大学・社会人・独立リーグを問わず、下位指名の選手でも詳しくコメントしていたのには驚きました。侍ジャパンの指揮官を引き受ける前から、自主的にアマ野球をくまなく観ていた証しです。
大学時代の先輩に頼んで、社会人野球のコーチを経験させてもらったり、U-15日本代表の監督も兼任したいと強く希望したのも、将来性のあるアマ選手は世代を問わず、すべて直接観て把握しておきたいからでしょう。
一方、指揮官がきちんと自分のプレーを観てくれていることは、選手にとっても大きな励みになります。決勝で優勝を決めるサヨナラ打を放った門脇はこう語っています。
『(サヨナラ打は)前の打席で強引になっていたので井端監督から“いつも通り打席に入れ”と言われて初心に帰ることができました』
~野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト(2023年11月19日配信記事)より
この一言も、普段から門脇のプレーをよく観察しているから言えること。また、延長10回のサヨナラ劇は、阪神・森下翔太に代わり「ピンチバンター」として登場した西武・古賀悠斗がきっちりバントを決めたことが大きくモノを言いました。古賀にとってはプレッシャーがかかる場面でしたが、金子誠ヘッドコーチは試合後、こう証言しています。
『古賀は本当によく決めてくれたけど、監督は8回から古賀に心と体の準備をさせていた。いきなりだと失敗する確率はうんと高くなるでしょう。表に出ないけど、本当に大事なところ』
~『zakzak・夕刊フジ』2023年11月20日配信記事 より
井端監督は合宿のときから、バント要員としての起用があることを何度も古賀に伝えていたそうで、備えていたからこそ、古賀もきっちり仕事ができたのです。この「備える力」こそ、井端監督の非凡なところです。
さらに驚いたのが、決勝翌日の20日、学生野球の明治神宮大会が行われていた神宮球場に井端監督が現れたことです。来年(2024年)秋のドラフト有力候補たちのプレーをいち早く把握しておきたいからで、本当に頭が下がります。来年秋に予定されている国際大会「プレミア12」までと言わず、ぜひ次回のWBCまで指揮をとって欲しいと思うのは、私だけではないでしょう。