コラム 2020.01.10. 12:45

40本塁打を放ち“日本一”から3年後、33歳での現役引退【掛布雅之・最後の1年】

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『男たちの挽歌』第9幕:掛布雅之


 みなさんは「カケフくん」を覚えているだろうか?

 80年代に活躍した子役タレントで、所ジョージのテレビ番組に阪神タイガースの掛布雅之のそっくりさんとして出演したことが話題に。人気絶頂時には『カケフくんのジャンプ天国 スピード地獄』なんてなんだかよく分からないファミコンソフトまで発売されたほどだ(箱にはもちろんカケフくんのアップ写真を使用)。

 しかし、この理不尽なほどに難易度が高いゲームが発売された1988年、本物の掛布雅之は現役引退している。まだ33歳の若さだった。

 今の球界で言えば、ダルビッシュ有や涌井秀章の年齢である。しかも、掛布はこの3年前の85年に40本塁打を放ち、阪神日本一の原動力となっていた。そこからの展開があまりにも急だ。ミスタータイガースはいったいどんな「最後の1年」を過ごしたのだろうか?


ポストONを託された若トラ


 千葉県生まれの掛布は、73年のドラフト6位で習志野高からプロ入り。ほとんどテスト入団のような形だったが、すぐさま一軍で頭角を現す。

 先輩選手が結婚式を挙げるためにオープン戦を休むことになり、代役昇格したルーキー掛布はいきなり3安打の猛打賞。プロ2年目には主に三塁を守り11本塁打を放ち、『週刊ベースボール』75年7月21日号で、初の球宴出場を狙う「ポスト長嶋へ飛び出した若虎」リポートが確認できる。

 その175cmの小さな身体から放たれるリストのきいた強烈な打球には、相手チームにいた元大リーガーの助っ人選手も、「あんな飛距離の出るバッターが日本にいたのか」と驚いたという。

 3年目は27発で三塁手ベストナイン受賞、5年目は30本台クリアと田淵幸一に代わる和製大砲として順調に育ち、6年目の79年には48本塁打で自身初のタイトル獲得。24歳のキングに対し、『サンデー毎日』79年6月17日号では「ヒーロー交代 掛布は王を抜けるか」なんて特集も。それ以前にも「年俸6000万円の世界の王と960万円の若トラ」的な比較記事は多かった。つまり、掛布はポストONを託された男だったのである。

 と言っても、ONと同球団で常に比較され続けた巨人の原辰徳ほど過剰なプレッシャーにさらされることもなく、甲子園でのびのびとプレーした背番号31は79年を皮切りに、82年、84年と3度の本塁打王を獲得。オールスターで3打席連発弾を放ち、レコードデビューも果たし、金鳥蚊とりマットのテレビCMで見せるユルキャラで全国区のスター選手に。

 イチロー登場以前の野球少年が真似した打席での有名なルーティーンと言えば、掛布の自身のユニフォームの太ももをたくし上げ、バットを持つ右手を回しヒジを絞る一連のムーブだった。ちなみにあだち充の人気野球漫画『H2』の登場人物、木根竜太郎は子どもの頃に掛布に憧れて左打ちになったという設定である。


最強の4番を襲った悪夢


 そんな掛布人気がピークを迎えるのが85年の阪神21年ぶりの優勝だろう。掛布は三冠王バースのあとの4番を打ち、130試合フル出場で打率.300、40本、108打点、OPS1.018という堂々たる成績を残し、球団初の日本一にも貢献。オフに年俸8800万円で契約更改し、山本浩二(広島)を抜きセ・リーグNo.1の高給取りになった。

 そしてミスタータイガースは「日本最強の4番打者」とまで称賛されるようになる。この時期、関東でも虎党が急増し、初代『ファミリースタジアム』では、阪神がモデルの猛虎打線「まゆみ、よしたけ、ばあす、かけふ、おかだ」のタイタンズが人気だった。

 しかし、だ。翌86年4月20日、中日戦で斉藤学投手から左手首に死球を受け骨折。ここから背番号31の順調な野球人生が一変してしまう。骨折から復帰後すぐの5月27日の巨人戦、今度は三塁守備時に打球が直撃し右肩関節挫傷で登録抹消。ようやく夏場に戻って来れたと思ったら、8月26日ヤクルト戦で打球処理の際に左親指はく離骨折。この年は67試合の出場で、わずか9本塁打に終わる。

 翌87年は3月22日に飲酒運転で自チームのオーナーから激しく叱責される事件を起こし、開幕しても腰痛に悩まされ極度の打撃不振に陥る。阪神の4番サードの看板にプライドを持ってきた掛布の意志が、打順降格するぐらいなら辞めるという引退報道にすり替わり、6月2日には吉田義男監督が騒動を収束させようと「腰痛悪化のため」と二軍降格を決断。同時期に監督と衝突した打撃コーチが退団する騒動もあった。

 この年、掛布は打率.227、12本、45打点と2年続けて低迷。阪神も球団ワーストの勝率.331で首位と37.5ゲーム差の最下位に沈み、吉田監督は辞任。そうなると、当然チームの顔が叩かれる。思い通りに動かない身体に加え、自宅への嫌がらせ電話や手紙の数々。32歳にして、ミスタータイガースは満身創痍だった。

 そうして、掛布はプロ15年目の「最後の1年」を迎えるわけだ。


ミスタータイガースの決断


 腰痛や左ヒザ痛を抱えながら、開幕から全試合に出場を続ける背番号31。しかし、一向に状態は上がらず、7月12日までの66試合で279打数63安打の打率.253、5本、32打点。すると翌13日、試合開始前の甲子園球場内ロッカールームで、古谷球団代表、高田本部長、村山監督らと2時間以上の4者会談が行われる。掛布はその日は欠場して帰宅。翌14日、「左ヒザの治療に専念するため」と一軍登録を抹消された。

 『週刊ベースボール』88年8月1日号では、4番打者の不可解な二軍落ち、さらに息子の難病の治療費を巡り球団とぶつかったバースの解雇問題で揺れる、阪神お家騒動の緊急特集が組まれている。

 3年前の日本一の立役者、バースと掛布が立て続けにグラウンドから姿を消す異常事態。さらに田宮謙次郎ヘッドコーチがシーズン序盤に突然辞めたり、7月下旬には当時の球団代表の自殺という事件も起きてしまう。グラウンド内外で混乱したチームは2年連続の最下位に沈んだ。

 ヒザの痛みを抱えた掛布は、7月の二軍降格以降もファームで若手に混じって練習に出るが、9月14日、一軍本隊が東京遠征中に大阪で「自分なりに結論を出した。悔いはありません」と引退会見を開く。

 10月10日、本拠地のヤクルト戦で慣れ親しんだ「4番三塁」で有終の美。まさか、ファンも7月6日の広島戦で放った掛布の通算349本目のアーチが現役最後の一発になるとは思いもしなかっただろう。


タイガースの31番として


 もちろん33歳の掛布には複数の球団から誘いが来たが、先輩の江夏豊や田淵幸一がトレードで他球団へ出される姿を見てきたため、自身はタイガースの背番号31で終わることを選んだという。

『週刊ポスト』88年11月18日号では、その江夏と対談した掛布が、「前にトレード云々みたいなことが新聞紙上に出ましたけど、もしそういうことが実際にあれば、その時でもユニフォームを脱いだんじゃないかな……」とまで言い切っている。

 掛布は掛布なりの意地と美学を貫き通して現役を終えたのである。『週刊現代』88年12月24日号では、人気ドラマ『スケバン刑事』のヒロイン浅香唯、『ドラクエIII』が350万本の大ヒットとなった堀井雄二らと同じページに、引退直後の掛布はマルチタレントとしてCM出演や講演会に大忙しなんて記事も確認できる。

 あれから32年。2020年に球団創立85周年を迎えた阪神は歴代名シーンを集めた記念ドキュメンタリー映画を2月に公開するが、そこでナビゲーターを務めるのは64歳になった掛布だ。

 さて、そんないまだに絶大な人気を誇るミスタータイガースと、現役時代に激しいライバル対決を繰り広げたのが、同い年の巨人の“怪物”・江川卓である。

(次回、江川卓編へ続く)



文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)

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