コラム

1500安打で思い出す…中日・大島洋平「どこだろ?捨てたんだと思います」

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通算1500安打を達成した中日・大島洋平 (C) Kyodo News

大島洋平という男


 中日・大島洋平外野手(34)が18日、神宮球場で行われたヤクルト戦で通算1500安打を達成した。

 入団から11年目での到達で、2000安打の偉業までは残り「500」。大島って、どんな選手なんだろう。記者はいくつかの記憶を紐解いた。


 あれは2013年のオフのこと。大島は左肘の遊離軟骨除去手術を受けている。同じタイミングで、井端弘和も手術を受けていた。入院先は一緒。記者は井端さんの部屋にお見舞いへ行った。その部屋に大島がやって来た。

 「骨、どうしたの?」と聞くと、「あれ?どこだろ。いらないって言ったので、病院側が捨てたんだと思います」と返ってきた。

 人にはそれぞれタイプがある。酷使してきた体から骨を除く。骨に感謝の意味を込めて、とっておく選手もいる。大方は持ち帰らない。ちなみに、井端さんも「オレも、ないよ」と言っていた。


過去は引きずらない主義


 過去は引きずらない。指が折れていたのに、肋骨(ろっこつ)にヒビが入っていたのに、試合に出た。大島にまつわる、その手のエピソードには枚挙にいとまがない。


 そもそも、右手首にはセラミックが入っている。こればかりは捨てようがない。

 ドラフトイヤーとなる、社会人・日本生命での2年目。都市対抗の予選で右手首を骨折した。スライディングキャッチを試みた際、グラブがグラウンドに引っ掛かったのだ。

 その時、早期復帰を目指してセラミックを埋め込んでいる。そこから、ドラフト5位指名を勝ち取った。

 ちなみに、空港の保安検査では引っ掛からないし、「日常生活でも気になりません」という。過去を捨て、新しい日々と向き合ってきた。


「11年目」の到達は球団最速記録


 振り返るのは、記録と向き合う時だけ。1500安打達成に際して、「元気な状態でグラウンドに送り出してくれるスタッフ、チーム関係者、自由に野球をやらせてくれる家族には感謝です」と語った。

 体をいたわれば、また試合が来る。その連続。目標は追い掛けるのではく、向こうから近づいてくるもの。1501安打目が、名球会員への再スタートとなる。


 球団では最速の1500安打達成。1982年の谷沢健一氏、2000年の立浪和義氏、2010年の井端弘和氏が記録している「13年目」を抜いた。

 その後、谷沢氏は通算2062安打、立浪氏は2480安打、井端氏は1807安打(※巨人での105安打と合わせて通算1912安打)を放っている。2000安打の大台は、決して夢物語ではない。


「両親に感謝です」


 駒大、日本生命を経て入団した。高卒より6年間の遠回りだ。

 大学と社会人を経由して2000安打を達成したのは、和田一浩氏と古田敦也氏、そして宮本慎也氏という、過去にたった3人だけ。

 この3人の1500安打のペースを見ると、大島の1364試合に対して、和田氏は2試合早い1362試合だった。一方で、古田氏は1426試合、宮本氏は1495試合。まだ見ぬ偉業へ、大島のペースは良好だ。


 「自分が記録を残しても、あまり実感がないですね。ほかの人が達成すると『あー、すごいな。オレもやってみたいな』と思うんですけど」

 これまでのキャリアの中で、和田氏や谷繁元信氏、荒木雅博氏といった名選手たちの2000安打の瞬間を間近で見てきた。次は大島の番だ。

 「丈夫に生んで、育ててくれた両親に感謝です」

 体は丈夫。ケガをしても試合に出られるかどうかの判断能力は身につけた。痛みへの強さ、それこそが2000安打達成への大事なピースだと思う。竜の背番号8には、それが備わっている。


文=川本光憲(中日スポーツ・ドラゴンズ担当)
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