白球つれづれ2021~第5回・歓声なき球春到来
沖縄・浦添でスタートしたヤクルトのキャンプ。第一報で伝わってきたのは、“珍客”の来訪だった。外野の芝生上に現れたのは何と野犬だ。ひとしきり、跳ね回ったあと退散したというが、のどかで笑える。もっとも、コロナ禍の厳戒キャンプ、犬から人への感染例は報告されていないものの、その野犬がコロナに感染していたらと思うと、今度は笑うに笑えない。
何とも切ないご時世と言うべきか。
プロ野球のスプリングキャンプが1日、一斉に始まった。
巨人は若手主体の一軍と二軍が宮崎、ベテラン中心のS班が東京ドーム、三軍はジャイアンツ球場の3カ所分離。広島は通常、前半に行う宮崎・日南を取りやめて全軍が沖縄市に集結。例年、久米島でスタートする楽天は沖縄本島の金武町に変更するなど、いずれも三密を避けたり、移動リスクを少なくするなどコロナへの対策がとられている。
無観客で行われる今春のキャンプ。いつもの年なら全国各地からファンが押しかけ、贔屓の選手に歓声を上げ、活気にあふれる。その経済効果は宮崎と沖縄で2500億円近いと試算されている。開催地と各球団は「持ちつ持たれつ」の関係だったが、今年に限っては「キャンプをやらせていただいて感謝」と、各監督は口を揃える。プレーのミスは許されても、コロナ対策のミスは許されない。まさに厳戒態勢下のスタートだ。
日本国内で新型コロナウィルスの感染者が確認されてから1年が経つ。だが、昨年のキャンプ時に、大きな混乱はなく3月の開幕に照準を合わせて調整が進んでいた。それが怪しくなってきたのは2月下旬から3月になってからだ。急遽開幕の延期に第1回の緊急事態宣言が出されたのは4月7日。野球に限らず、スポーツやイベントは“不要不急”の範疇から外され、右往左往する事態に立ち入った。
しかし、その後のコロナ社会は一進一退のまま改善の兆しが見えずに昨年冬からは第三波が襲う。スポーツ界ではラグビーや大相撲で集団クラスターが発生。野球界でもソフトバンクの東浜巨、ロッテの石川歩投手らがコロナに感染するなど予断の許されない状態が続いている。
コロナ禍の厳戒態勢
そんな緊張の中で始まったキャンプ。NPBから12球団に出された「感染予防のガイドライン」に沿って各球団ともに、かつてない規則と規制が決まっている。
日々の三密対策や体温測定はもとより、PCR検査の実施。外出や外食の禁止も言い渡され、ロッテでは昨年まで若手は2人部屋だったのが1人部屋にして部屋の往来もしないよう通達が出ている。西武ではビュッフェ形式の食事の取り分けには手袋を着用。宿舎と球場の往来もヤクルトなどではタクシーの使用をやめてマイクロバスのピストン輸送に切り替えている。
取材する報道陣に対しても選手と導線を別にしたり、宿舎内の立ち入りを禁じて、メディア用ブースからオンライン取材とする球団が多い。
本来であれば、記者にとってキャンプは通常取材以外に、休養日前日には選手と外食を共にする絶好の機会。言わば“ネタの宝庫”でもあったが、今年に限ってはもちろん望むべくもない。球団にとってもキャンプはファンサービスと交流の場だったが、今季はオンラインにシフトを敷くしかない。巨人ではファンクラブ限定のオンラインサイン会を実施。中日などではキャンプ限定グッズを球団公式サイトで販売する。
どれだけ用心しても、忍び寄るのがコロナ。万が一、当該球団やその地方に感染が広がればキャンプの中止に直結する。日本ハムの川村浩二球団社長兼オーナー代行は、キャンプインを前にして「このキャンプを無事に終えないと開幕につながらない」と、選手らに訴えた。NPBとJリーグで構成するコロナ対策連絡会議の出席医師からは「野球やサッカーが開幕されないと、その先の五輪はない」という発言もあった。
東京五輪の開催は未だに見えないが、まずは3・26セパ開幕に向けて無事にキャンプを完走してもらいたい。ひたすら白球を追いかける仙人のような生活も数年後、いい思い出になる事を祈るばかりだ。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)