コラム 2022.02.25. 17:00

居場所なかった悔しさをバネに…オリックス・近藤大亮が目指す3年ぶりの一軍マウンド

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3年ぶりの一軍登板を目指す近藤大亮 [写真=北野正樹]

猛牛ストーリー 【第6回:近藤大亮】


 連覇と、昨年果たせなかった日本一を目指す2022年のオリックス。監督、コーチ、選手、スタッフらの思いを「猛牛ストーリー」として随時紹介していきます。

 第6回は、右肘の手術から3年ぶりの一軍マウンドを目指す近藤大亮投手(30)です。




“もどかしさ”との戦い


 昨年オフの契約更改後の記者会見にて、「優勝に加われなかったことは、一生で一番悔しかった」と吐露した右腕。

 プロ7年目の宮崎キャンプでは、序盤に肘の張りを覚えてノースローの調整が続いていたが、第5クールからブルペン入り。その間のシャドーピッチングが、意外な効果をもたらしたという。



 「どのように見えましたか」

 明るい表情で、ブルペンでのボールについて“逆取材”を受けたのは、第6クール初日・2月22日のことだった。

 別の取材があり、ブルペンに駆けつけることができたのは最後の数球。それでも、力のある強いボールを投げ込んでいることは確認が出来た。自身も手応えのあるボールだったに違いない。


 浪速高から大商大、社会人のパナソニックを経て、ドラフト2位で2016年に入団。1年目のキャンプから紅白戦やオープン戦で活躍を見せ、開幕2戦目の先発を託された。

 2年目からは中継ぎに転向し、3年連続して50試合以上に登板。最速153キロのストレートにフォークボール、スライダー、パームボールなどを武器に、セットアッパーも務めた。


 しかし、右肘を痛め、2020年9月にトミー・ジョン手術を受けてからは、苦しいリハビリ生活が続く。

 2021年の7月にはブルペンに入って投球を再開したが、待っていたのはチームの優勝争いに加わることが出来ない“もどかしさ”だった。


 「肘は痛いし、投げることは出来ないから試合にも出ることが出来ない。それでもチームは強く、優勝争いをしていく。投げられないのだから仕方がないのだが、チームの力になれていないことが悔しかった」と近藤。

 「ポジティブにいようと思ったが、いざ試合を見ると悔しい。悔し過ぎてテレビ観戦をすることは出来なかった」とも語っており、「必要とされていないから、自分の居場所がなかった。僕がいなくてもチームが回っていることが悔しかった」と当時を振り返る。


 選手たちと離れ、ひとりで過ごすことが多いリハビリ期間。精神的にも追い込まれていたことは容易に想像がつく。

 もちろん、チームの勝ちはうれしい。何より同期入団で同学年の杉本裕太郎の活躍は、「励みになったし、応援していた」という。


 チームは25年ぶりにリーグ優勝を果たしたが、「一生で一番悔しかった」と吐露したその思いは今も変わらない。

 キャンプ地の宮崎市内や球場などで見かける優勝ポスターや、「優勝おめでとう」という横断幕などを見ると、改めて悔しさがこみ上げるそうだ。


地味な練習から得たもの


 昨年オフ、育成選手として再契約を結び、背番号は「20」から「124」に。2年間、一軍のマウンドに立てなかったから、「契約してもらえるだけでありがたい。支配下でも育成でも、やることは一緒」と、不満はない。

 辛いのは、サインに背番号を添える時だ。「20」で躍動し、チームの勝利に貢献していたことを知らない人が増えた。「早く支配下に戻りたい」と思う瞬間だ。「そのためにも頑張らなければ」と心に誓う。


 2年間、活躍する場面を見せることが出来なかったことで、学ぶこともあった。応援してくれていた人たちの中から去っていく人がいる一方で、変わらず声を掛け続けてくれる人もいる。

 栄枯盛衰は世の常。苦しい時にこそ、見えるものがある。

 「いろんな人に支えてもらって来た。このどん底の時、そばにいてくれる人たちを喜ばせ、一緒に喜びたい。そんな人たちに恩返しをしたい。それが僕の原動力」と言い切った。


 キャンプでの調整は、やや遅れた。

 2月2日、5日にブルペン入りした後、肘の軽い張りで、20日までマウンドには立たなかった。それでも、焦りはなかった。

 「手術から1年6カ月。ここで無理をして、つらかった1年半を無駄にしたくなかった」とボールは握らず、シャドーピッチングを続けた。

 「何事もないのが一番だが、積み重ねてきた終盤でなく、この時期でよかった」

 プラス思考で一人の練習にも耐えることができた。


 約2週間ぶりのブルペン。7~8割の力でも、力のあるボールが投げられる感覚があった。

 他の投手の投球練習の邪魔にならないよう、午後の自主練習の時間にブルペンで繰り返したシャドー。この地味な練習が、結果的に上半身に頼らず、下半身主導で投げることにつながった。


 実戦復帰は肘の状態を見ながらになるが、3月半ばの登板を想定して調整を続ける予定。

 妻と2歳の長男、昨年8月に生まれた長女の4人暮らし。「2人の子供に、活躍しているところを見せたい」という。


 「選手の中で、自分が一番下だと思っている。ここから這い上がっていくだけ」
 
 チームが必勝祈願を行った宮崎市内の小戸神社。そこに奉納されている近藤の絵馬には「下剋上 124」と記されていた。

 悔しさをバネに、復活を誓う。


取材・文=北野正樹(きたの・まさき)


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