シーズン76盗塁のスピードスターの今
その昔、「青い稲妻」と呼ばれたスピードスターがいた。通算342盗塁、1983年に打ち立てたシーズン76盗塁のセ・リーグ記録は35年経った今もなお破られていない。
「本当は、福本(豊、元阪急、1972年に106盗塁)さん以来の100盗塁のつもりだったんだけどね」
本人は笑いながら回想するが、管理野球全盛時、当時の巨人では、サイン以外の盗塁は許されていなかった。
現役は10年。ニックネームと同じく、一瞬の光を球界に放つと、レギュラー外野手のまま引退した。その後、現場の指導者やスカウト、解説者を経て、松本匡史は64歳になる今年、独立リーグという場で現場に復帰した。もともと関西の生まれだったが、琵琶湖を見たのは初めてだったという。
現場に立つのは楽天でヘッドコーチを務めた2006年以来12年ぶりのことになる。兵庫の名門、報徳学園から早稲田大学、そして巨人と、野球界のレッドカーペットを歩いてきた男と独立リーグという泥臭い場はなにか不似合いな気がするが、松本は現場に戻りたいという数年来の思いを、昨年できたばかりの若いチーム、滋賀ベースボールクラブに託すことにした。
「野球を仕事にする以上、場所にはこだわっていられませんので、滋賀という場所については特に何も思いませんでしたよ。楽天の時も単身赴任でしたし。独立リーグについては、ちょうど私がスカウトをやっていた時期に出来て、実際にあの頃は足を運んだことはなかったんですが、噂で環境については聞いていましたから。それで、どうかなって。年齢的にも、そういう環境で自分の体がもつかなって思ったんですけど、せっかくいただいたお話ですし、自分の中では現場に戻りたいっていう気持ちがあったんで、決意しました」
独立リーグの現状
思い切って飛び込んだ独立リーグの世界だが、やはりその環境の悪さには驚いたと言う。
「僕もプロ入りした当初は二軍も経験しているんです。昔の二軍は大変でしたよ。夜行列車で移動してたりしていましたし、グラウンドも河川敷(多摩川グラウンド)でしたからね。でもプロは練習場が確保されているんです。その点、今は練習場も決まっていませんから。決まった球場がなくて、いろんな場所を借りて、その借りている時間も3時間だけです」
そのような環境の下では、選手たちの絶対的な練習量はどうしても不足することが、現在のところ大きな悩みだ。
「やっぱり、こちらの選手は練習量が足りない。だってプロでは、二軍、三軍の選手でも1カ月のキャンプを経験しますから。それに対して、独立リーグの選手はオフシーズンには、バイトをしないといけない。それだけでトレーニングの時間が違ってきます。じゃあどうするかってなると、もう自分で埋めるしかないんですが、それが果たしてできるかって言うことですね。そういう環境の部分が違うから、よっぽどトレーニングしとかないと、仮にプロ入りした時も苦労しますよ。だからそういうこともしっかり伝えようとしています。でも、言葉ではなかなかね、言ってもわからない。一度、グラウンドを7時間確保できた日があったんですけど、いざみっちり練習させようとしても、集中力が続かない。やったことないから。そういうことも感じましたね」
そういう中、プロ入りを諦めきれない若い選手たちを炎天下、松本は毎日指導している。そして、その夢に手が届きそうなポテンシャルをもった選手も何人かいることに手応えも感じている。
「長時間の練習も、慣れればできるようになりますよ。発足2年目ということもあって、他のチーム比べても練習時間は少ないです。今までそういうみっちりした練習をしてなかったんだから、徐々にならしてやってやらないとダメですよ。中には1人でしっかり練習する選手もいるんだけれども、なにをどうするかっていう知識がないから、プロを経験した人間にしっかり教えてもらってやれば違ってきますよ」
プロ世界で生きていくには…
松本の目から見てプロ入りの夢が叶いそうな選手からは、「野球をする動き」にセンスを感じるという。
「プレーの技術とは違うんです。走塁、守備、バッティング全てにおいてセンスがある選手独特の動きがあるんです。当然、ここにいるわけだから、まだ荒いんだけど、鍛えたらよくなる、そういう感じです。だからこそ、鍛えるだけの体力をここでつけなければいけない。それに加えて、練習をまじめにやっているのかとか、そういう性格面も大事なんです」とは言うものの、単に真面目というだけではプロの世界は生きていけないというから手厳しい。
「ちゃらんぽらんな選手でも、やり方によっては変わるなっていう選手もいるんです。結局、プロでもファームでくすぶっている人は結局、性格面なんです。ちゃらんぽらんに見えても、練習をやることに関して素直な選手は伸びます。当然彼らだって、プライドもこだわりもあるんですけど、けっこう要領がいい。何でもかんでも鵜呑みにするのではなく、抜くところは抜く。例えば、指導者の指示はしっかり聞いている。でも、不要だと思えば、適当に受け流すし、必要だと考えれば実行する。変に真面目な奴は、コーチの指示なんかでも、合わないと思うと、『これは僕にはできません』なんて言っちゃう。そこで、嫌な顔をしてしまうと、指導者はもう使わないじゃないですか。難しいけど、それはうまくこなさないと。球速何キロだとか、塁間何秒で走るとか、僕はあまりあてにしていません。ここにいる選手が出すような数字はプロに行けば珍しくないですから」
だから、と松本は言う。より高いレベルで経験を積むことが必要だと。プロのキャンプの雑用係としてかり出される独立リーガーも何人かいるが、例え一緒に練習ができないとしても、自分たちが目指すプロの世界では、どのような練習をどのくらいの時間をかけてやっているのかを実見するだけでも、貴重な体験になる。
「プロの世界を見て聞いて、それを自分に当てはめていく。ただ試合に行って出るっていうのも大事なことなんですけれども、ここにいる選手は基本的なことができないので、そういうことは彼らにとって非常に大事です」
そういうことからすれば、今週末には絶好の機会がやってくる。松本の古巣、巨人の三軍が滋賀にやってきて、3連戦を行うのだ。
「そうですね。まず、選手には、プロの関係者に自分のプレーを見てもらうことから心掛けて欲しいです。それで巨人の選手をしっかり見て、彼らがどういう力をもった選手なのか、それを把握して、ああ、この部分なら勝てる、そういうものを感じてもらいたいですね」
湖国のあすなろ集団が、しっかりアピールできるよう、青い稲妻は、今日も猛暑の中、フィールドで選手を見つめている。
文=阿佐智(あさ・さとし)