“異例のシーズン”に起こった珍事
新型コロナウイルスの感染拡大により、ペナントレースの開催も危ぶまれた2020年のプロ野球…。
開幕は予定よりも3カ月遅れ、当初は「無観客」の状態からのスタート。「交流戦」や「オールスター戦」も中止となり、セントラル・リーグでは「クライマックスシリーズ」も中止に。シーズン途中にコロナの感染者が出たチームもあったが、どうにか120試合の日程を全チームが消化することができた。
まさに“異例のシーズン”となった今年の戦いだが、いまになって振り返ってみると、本当にさまざまな出来事があった。そこで今回は、「プロ野球B級ニュース」でお馴染みの久保田龍雄氏に、2020年の野球界で起こった“珍事件”を掘り起こしてもらった。
第2回目は、「打撃でも気を吐いた投手 編」だ。
打つのが“本職”ではない投手
日本シリーズ終了後、大きな議論を呼んだのが「DHあり/なし」問題。パ・リーグのチームは常に9人の野手を出場させることができるのに対し、セ・リーグは投手が打席に入るため、ラインナップに名を連ねることができる野手の数は8人。この“1人”の差が近年の不振につながっているのではないか、という話がセ・リーグOBの解説者からも多く聞かれた。
あらためて今季の戦いを振り返ってみると、こんな珍事件もあった。7月7日にナゴヤドームで行われた中日−ヤクルトの一戦。1点を追いかける中日は、ラストイニング10回に二死満塁のチャンス。一打同点、逆転サヨナラという大チャンスだったのだが、なんと中日ベンチはこの時点ですでに野手を使い果たしてしまっていた。
結局、苦肉の策で投手の三ツ間卓也を代打に送ったが、三振で試合終了。1−2での敗戦、それも勝てば3位浮上という大事な一戦でもあったため、試合後には采配への批判がネット上に殺到する騒ぎとなった。
ほかにも、巨人の原辰徳監督は11月14日のDeNA戦で、9回一死一塁から投手の桜井俊貴を代打で起用。この時もベンチに残る野手が捕手の岸田行倫だけだったということで、万が一のことがあってはならないという事情もあり、桜井はバント要員としての起用だったという背景もあるが、走者を進めることはできず。打つのが“本職”ではない投手を打席に送る難しさを痛感するシーンだった。
広島・大瀬良、プロ7年目の初アーチ
とはいえ、DH制のないセ・リーグでは、投手も「9人目の打者」として戦わねばならない。そして、時には値千金の一打を放つこともある。
自らのバットで勝利を不動のものとし、開幕戦を白星で飾ったのが、広島のエース・大瀬良大地。6月19日のDeNA戦、2−1とリードして迎えた9回二死一塁の場面で、国吉祐樹から右翼ポール際に2ランを放ち、貴重な追加点を叩き出した。
しかも、これが7年目のプロ初本塁打。「いつか打ちたいと思っていたけど、こういう試合で打てるとは…」と感無量。さらに、この一発が次打者・ピレラの連続アーチを呼び、投打にわたる活躍で、佐々岡真司監督にシーズン初白星をプレゼントした。
ちなみに、この日は阪神の西勇輝も、3回に巨人・菅野智之からプロ通算95打席目の初アーチを記録。開幕戦で2人の投手が本塁打を打つという、NPB史上初の快挙も生まれている。
また、今季は右肘の手術を受けたため、後半戦を棒に振った大瀬良だが、打者としても19打数5安打、1本塁打で4打点の打率.263。なかなかの成績を残している。
DeNA・国吉は142キロを見事に打ち返した
開幕戦で大瀬良に痛恨の被弾を喫した国吉も、8月10日の阪神戦では一転、自らのバットでヒーローになる。
1−1の4回から、ショートスターターの武藤祐太をリリーフした国吉。その裏、一死一・二塁の勝ち越しのチャンスで打順が回ってきた。
ふつうなら送りバントで二死でも二・三塁とし、1番・梶谷隆幸の一打に賭けるのがセオリーだが、ラミレス監督は「直感でバントより打たせたほうがいい」と判断。ヒッティングを指示する。というのも、春季キャンプの打撃練習で、国吉が本塁打を放った「いい感じ」が脳裏によみがえったから。2018年8月3日の広島戦で、投手のウィーランドを代打起用し、サヨナラ勝ちにつながる四球を呼び込んだ指揮官ならではの大胆な作戦である。
国吉は「ストライクが来たら初球から振ろう」と、岩貞祐太の初球、142キロ直球をフルスイング。この前向きな気持ちが、右中間を破る2点タイムリー二塁打をもたらした。ちなみに、国吉の安打は、2013年以来で7年ぶり。通算4本目だった。
そして、投げても6回に2点を許したものの、無死一・二塁のピンチはボーアを二ゴロ併殺に打ち取り、3番手・藤岡好明にバトンタッチ。チームが6−4で勝利したことから、勝利投手も手にした。
救援投手による勝利打点は、球団では2010年7月17日・巨人戦での山口俊以来、実に10年ぶり。試合後、国吉は「3イニング目はバテてしまった。次はもっとしっかり投げ切れるように」と反省しながらも、勝利投手・勝利打点と2つの記念球を前に、「行き先?これから考えます」とうれしそうだった。
阪神・ガルシアの奇襲作戦
無気力プレーで相手を油断させておいて、次の打席でまんまと奇襲作戦を成功させたのが、阪神の左腕・ガルシアだ。
7月15日のヤクルト戦。0−2の3回に先頭打者として打席に立ったガルシアは、投手強襲の当たりを放ったにもかかわらず、なぜか一塁に走ろうとせず、あっさりアウトになった。だが、このやる気のない怠慢走塁が、次の打席の伏線となる。
1−2で迎えた5回の2打席目。3回に続いて先頭打者として登場したガルシアは、1ストライクからイノーアの2球目を、なんと、三塁線に絶妙のセーフティーバント。バントの構えを見せても、どうせハッタリだろうとタカをくくっていたヤクルト内野陣は、完全に意表をつかれてしまった。
しかも、ガルシアは前の打席とは別人のように、今度は一塁へ全力疾走。ネット上で「ピノ級の足」と絶賛された快足で、見事に来日初安打を記録した。さすがに激走が祟ってか、左足を引きずる仕草も見せていたが、心配そうに見守る矢野耀大監督に「大丈夫」とアピール。そのまま同点の走者として残った。
だが、せっかく自らつくった反撃のチャンスも、一死後、糸原健斗の安打で一・二塁としながら、糸井嘉男と大山悠輔の3番・4番が凡退。無得点に終わる。
これで気落ちしたのか、ガルシアは6回にエスコバーに2ランを浴び、無念の降板。敗戦投手こそ免れたものの、骨折り損のくたびれ儲けとなってしまったのは、お気の毒だった。
阪神といえば、藤浪晋太郎も8月21日のヤクルト戦で、自らの内野安打でチームに38イニングぶりの得点をもたらし、692日ぶりの白星を挙げている。
多くを望めそうにないと思われた場面で、あっと驚く快打を放ち、投打で勝利に貢献する。これこそが9人目の打者の真骨頂と言えるのではないか。
文=久保田龍雄(くぼた・たつお)