「もうやりきった」
藤川球児、能見篤史、福留孝介…。惜しまれながらタテジマのユニホームを脱いだベテランたちに隠れるように、静かにマスクを置いた選手がいる。
岡﨑太一。2004年のドラフト自由枠でタイガースに入団した即戦力捕手は、16年間、目の前の一日を必死に生きてきた。
「もうやりきったという感じ。毎日、野球をやる中で悔いなくやってきたから。受け入れようと」
11月上旬、球団からの戦力外通告で、灯してきた心の炎はついに消えた。決して、不完全燃焼ではない。貫いたのは「今日が最後の日」と胸に刻んできた自分なりの信念。つい最近のことでなく、気づかされたのは1年目だった。
「自分の意識が足りなかった。鳥谷さんの試合へ向けての準備もそうだし、肩のリハビリをしていた安藤さんが遅くまで汗を流しているのを見て、このままじゃあかんと思った。そこから、ずっと同じ気持ちで野球には取り組んできた」
キャンプでは朝5時に起床。トレーニング、打撃練習を終えて朝食を摂るのがルーティンになった。シーズン中は二軍でも球場に一番乗りし、朝7時前からマシンと向き合った。
「投手の人生も背負っている」
1日、いや1時間単位でも小さな悔いを残したくない。
「常に終わりの日を思い浮かべながら、準備してきた。人生もそうだけど、絶対に終わりは来るから。その中でどうしたらいいかを考えてやってきた」
20代前半で植え付けられた危機感が、夜が明ける前に目を覚まさせ、己の身体を真っ暗な室内練習場に向かわせていた。
捕手として、マウンドを見据える視線は、いつも“まっすぐ”だった。
「自分の出すサインはピッチャーの人生も背負ってる。サインひとつでその選手の人生が変わってくる。1球、1球、要求するための準備、気持ちとか。とにかく責任を持って配球することを心がけていた」
ピッチャーに一瞬の隙も作らせたくない。胸元への返球、土の付いたボールにいち早く気いて交換してもらう…。気配りは欠かさなかった。
第二の人生、「新しい夢」に向かって…
2016年4月24日の広島戦(マツダスタジアム)。バッテリーを組み、完投勝利を挙げた能見篤史から試合後、かけられた言葉がある。
「太一、ありがとうな」。何気ない一言でも、全身に染み渡る感覚があった。
ドラフト同期入団の先輩であり、それまでに何千、何万と数え切れないほどボールを受けてきた。
「能見さんには厳しいことも言われたけど、あの時は短い言葉にすごい気持ちがこもっていて嬉しかった」
2016年に開幕スタメンを勝ち取り、2017年にはプロ初本塁打に初のサヨナラ打と輝きを放った。
それでも、昨季から2年間、一軍出場はなし。二軍でも、若手に出場機会を奪われる日が多くなっていた。もちろん、覚悟はしていた。
「長いことタイガースでプレーさせてもらったけど成績とか見れば悔しいし、恥ずかしい。ただ、自分と向き合ってきた結果で、そこに悔いはない。やりきったと言える」
今後はプロスカウトに転身することが決まっており、ユニホームを脱いでも、タテジマに貢献していくことは変わらない。
「今までは一日でも長くプレーすることが夢やったけど、新しい夢もできた。タイガースに恩返しできるように」
第二の人生もその一瞬に悔いなく歩んでいく。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)