本人も「まさか」
チームも、応援するファンも、ずっと暗たんたる空気に包まれていたからこそ、余計に言葉のひとつひとつが胸に響いた。
敵地でのヒーローインタビューに立ったタイガースの渡邉雄大は「遠回りして」「無理だと言われた時もあったけど…」と、たどってきた道のりを振り返っていた。
4月30日のジィアンツ戦。同点の6回から2番手で登板した左腕は、1イニングを無失点に封じた。
直後に打線が6得点のビッグイニングを作って勝ち越しに成功。
チームにとっての5連勝を決めた1勝は、渡邉の記念すべきプロ初勝利になった。
「まさか自分が初勝利というか、(ウイニング)ボールを手にするとは思っていなかったので。うれしかったです」
9回を締めたソフトバンク時代からの同僚・加治屋蓮から受け取った少し汚れたボールを手にしても、まだ実感が湧いていない様子だった。
指揮官も信頼「1イニングを任せられると思っている」
本人の言葉通り「遠回り」したからこそ、噛みしめるのに時間はかかった。
青山学院大からBCリーグ・新潟を経て、2017年の育成ドラフト6位でソフトバンクに入団。2020年に支配下登録を勝ち取ったものの、昨年10月に戦力外通告を受けた。
同年の12月にタイガースに拾われ、今季の開幕前に支配下登録に返り咲き。球界一の巨大戦力の中でもまれ、厳しさを味わった男は今、セ・リーグ随一の人気球団で必死にチャンスをつかもうとしている。
どんな過酷な現実、どの球団でプレーしようとも変わらなかったのは「諦めなかった」こと。「遠回り」もあとになって分かることで、立ちはだかる壁をひとつずつ着実に乗り越えてきた。
「たくさんの人に無理だと言われた時もあったけど、それでも応援してくれる人もたくさんいて、そういう応援と声が自分を諦めずに野球をやる原動力になったと思います」
ソフトバンク時代に投手コーチだった倉野信次氏からは、戦力外通告を受けた後に「どこかで必要としてくれるチームは出てくる」と励まされた。恩師、家族、ファン……かけられた言葉や信じてくれる存在に、いつも心を突き動かされてきた。
30歳で初めて味わった白星の味。ようやく日の当たる場所に姿を見せた渡邉のプロ野球人生はこれからだ。
この日で開幕から10試合連続無失点。矢野燿大監督も「左打者には自信を持って送り出しているし、最近は右も良い形で抑えている。1イニングを任せられると思っている」と信頼を置く。
左のワンポイントからポジションを上げており、今後は勝ちパターンでの起用も増えてくるだろう。
「僕が30歳で初勝利したように、阪神タイガースもここから巻き返して優勝も決して無理ではないと思うので、一戦、一戦、頑張っていきたいと思います」
下を向いていたファンも“なべじい”の言葉に視線を上げたはずだ。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)