白球つれづれ2024・第23回
投打の二刀流と言えば、大谷翔平(ドジャース)の代名詞だが、先週の日本球界に、そのお株を奪ったヒーローが出現した。広島の森下暢仁投手だ。
25日にマツダスタジアムで行われたヤクルト戦に先発すると、9回を被安打2、無四球の完封勝利。延べ29人の打者を91球で料理する、いわゆる「マダックス」を完成させた。しかも偉業はこれだけで終わらない。
3回の初打席で右安打を放つと、その後も安打を重ねて3打数3安打の猛打賞。森下は5月のDeNA戦でも1試合3安打を放っており、投手によるシーズン2度の猛打賞は、日本人では広島の川口和久以来39年ぶり。さらに「猛打賞+100球未満の完封(マダックス)」に限れば1968年に西鉄・稲尾和久投手が近鉄戦で記録して以来、実に56年ぶりと言う歴史的な一日となった。
この結果、森下の打率は.429まで跳ね上がり、投げては6勝目で防御率も1.58。しかも本拠地のマツダスタジアムに限ると5勝1敗、防御率も0.81と無双状態である。(数字は7月1日現在、以下同じ)
現時点では規定投球回数にわずかに届かないものの、セの投手成績で“隠れ5位”の成績。ちなみに1位が大瀬良大地、4位に床田寛樹、9位に九里亜蓮と広島勢が名を連ねている。現在首位を走る赤ヘルの原動力はこの強力投手陣によるところが大きい。
森下の打撃面だけを見ても、入団直後から非凡なセンスが見て取れる。
近年、パ・リーグでは指名打者制が採用され、投手が打席に立つことすらほとんどない。高校野球でもかつては「エースで四番」も珍しくなかったが、近年は分業制が進み大谷級の怪物はお目にかかれない。
プロ野球でもかつては金田正一(国鉄など)や前述の稲尾など強打の投手が存在したが今では、森下のような存在は数少ない。
現代では打率1割台を残せば及第点の投手の打撃にあって、入団1年目から39打数6安打で.154を記録。以来5年目になる今季まで1割台を切ったのは1度だけ。
他球団の打撃自慢の投手を見てみると、中日の柳裕也が、昨年は打率.237と気を吐いている。変わったところでは今季から日本ハムに移籍した山﨑福也が5月30日の対阪神交流戦で「6番・投手」で起用されると、見事に期待に応えて適時打を放っている。山崎の場合はオリックス、日本ハムとパリーグを渡り歩いているため打席数こそ少ないが、こちらもプロ10年で通算打率は2割5分を記録している。
DH制の移行が進む中、打てる投手の価値とは
ちなみに森下も含めた3選手に共通しているのは明治大学出身のドラフト1位組。そこで明大時代に何か秘訣があるのか? 関係者に取材してみたが「みんな入学時からセンスが良かったからね」と特段の教えがあったわけではなさそう。
強いて挙げるなら部内の競争が激しく、打撃もおろそかには出来なかった環境にありそうだ。
森下にはチーム内にも好敵手がいる。こちらも打撃自慢の床田と打率を争っている。2割5分近い打率を残している左腕だが、白星では森下に先行、いいライバル関係が新たな活力をチーム内にもたらしている。
数年前には当時、巨人の監督だった原辰徳氏が「セも指名打者制の採用を」と監督会議の席で提唱したことがある。MLBでもアリーグに次いでナリーグがDH制に移行、世界の主要なアマチュア大会でも投手が打席に立つ場面はほとんどなくなってきている。しかし、一方で大谷の投打二刀流には、野球史に残る衝撃があるのもまた事実だ。
投手が投げるだけでなく、打つことで森下のような新鮮なドラマが生まれるならこれもまたあり、だろう。
赤ヘルの“ミニ大谷さん”がどれだけこの先も活躍を続けられるか? セ・リーグ夏の陣の行方にも大きな影響を与えるのは間違いない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)