白球つれづれ2024・第35回
ソフトバンクが4年ぶりにパリーグ優勝を果たした。
前日なら本拠地・福岡での地元胴上げが実現したところだが、2位の日本ハムも勝ったため、大阪に移動して京セラドームでオリックス戦。この3年間、軍門に下っていた敵地で、うっぷんを晴らすような快勝で頂点に立った。
就任1年目で小久保裕紀監督は8度宙に舞っている。
次いで孫正義オーナーも胴上げ、王貞治球団会長とも、がっちり握手を交わした。
しかし、このルーキー監督は歓喜を爆発させることもなく、ましてや涙を浮かべることもない。2位の日本ハムとは11ゲーム差の独走劇の余裕にも映るが、それだけではない。
2014年から17年まで侍ジャパンの監督としてスーパースター軍団を率いた実績がある。17年のWBCでは準決勝で米国に敗れて悔しさも味わった。その後、ソフトバンクの二軍監督などで、指揮官として何をなすべきかを学び、満を持す形でチームの再建を託された。ちょっとそこいらが並みのルーキー監督とは違う。
昨年の就任会見では「美しい野球」をポリシーとして掲げた。
「優勝するにふさわしいチームと言うのは自問自答して来た。そこを貫けば美しさにつながる」
「強くあると言うのは当然だが、優勝に値するチームとはどういうチームなのか、常にそういう目で見ていた」
これは、優勝会見で語られた「美しい野球」への答えである。つまり、小久保監督は単に強いだけでなく、もう一歩上を行く野球を全選手に求めたのだ。圧倒的な独走優勝の根幹がそこにある。
開幕戦直前で指揮官は、こうも語っている。
「プロとは何ぞや? 替えの利かない選手がプロフェッショナル。全員がそこを目指して欲しい」
個人成績だけを見れば、首位打者に近藤健介、本塁打と打点王に山川穂高。盗塁王は周東佑京が当確ランプを灯し、最多勝に有原航平、最優秀防御率にリバン・モイネロの各選手が有力候補として名を連ねている。周東を除いては、FAや高額のマネーゲームで獲得した選手ばかりだ。
圧倒的な個のパワーが強さの秘訣と映るが、一方では柳田悠岐選手や近藤が故障で戦列を離脱。投手陣でも絶対的な守護神だったロベルト・オスナが腰痛で一時帰国。代役を務めた松本裕樹も肩痛でリタイアと大きな誤算もあった。それを補ったのは、小久保監督が求めるプロフェッショナルな集団の力だった。
優勝を決めたこの日のオリックス戦。先制点は今宮健太、中村晃の生え抜きベテランが叩きだす。逆転を許した中盤には今年3月に支配下登録されたはかりの川村友斗や柳町達選手らの「小久保チルドレン」が輝いて、ダメ押しは鮮やかなバント攻撃が相手のミスを誘って決めてしまう。いずれも替えの利かないプロフェッショナルな選手たちが躍動して、85個目の白星を稼ぎ出した。
監督就任にあたって、「小久保ノート」を読み返している。現役時代からつけてきた日誌や、侍ジャパンの監督時代に読み漁った有名経営者の著作からリーダー論を学び、勝負哲学としている。
「リーダーとは、我慢と決断」と言う。任すところはコーチに任せ、最後の決断に徹する。これもまた小久保流の美しい野球、すなわち美学である。
「今夜だけは喜びに浸って、明日からはクライマックスシリーズの準備に充てる」と語ったわずか1時間後には前言を撤回した。
宿舎に戻ると、倉野信次投手コーチ兼ヘッドコーディネーターがやって来ると次に向けたミーティングを始めたと言う。
目標はあくまで、クライマックスも勝ち抜いて日本一奪還。プロフェッショナルな集団の「美しい野球」への追及はこれからが本番だ。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)