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「文武両道 ー親から見た野球と教育ー」宮台忠さん(前編)

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――ここからは康平くんの話になりますが、小さい頃はどんな子どもでしたか。
宮台 ひとことで言えば負けず嫌いですね。一番思い出すのは、保育園の最終学年での親子リレーです。はじめに康平が走って、次に私が走るリレーだったんですが、大人の気持ちとして「最後はみんなで一緒に終わったほうがいいのかな」と、ゴール前でスピードを緩めたんです。そうしたら、康平にものすごく怒られて、「おれが一生懸命走ったのに、何で台無しにするんだよ!」と。康平の言うとおりでした。子どもが真剣にやっていたのに……。あれは反省しましたね。


――「野球をやってほしい」という願いはありましたか。
宮台 ひとり目の子どもだったので、「何が何でも野球をやってほしい!」と思っていました。公園でキャッチボールをしたり、自宅ではカラーボールで遊んだりしていましたね。でも、小学1年生のときに始めたのはサッカーです。週1回でしたが、そこは親の負担が軽くて、うちのような共働きの家庭でも通わせることができるところでした。


――サッカー少年だったとは知りませんでした。ほかに習い事はしていましたか?
宮台 1年から6年まではスイミングに通っています。


――学習塾は行っていましたか?
宮台 4年生になるときに、私立中学を受験するための塾に入りました。でもすぐに辞めています。送迎する親の車がベンツばかりで、違う世界だな……と。私も妻も高校までは公立で育ったので、このときに「康平も高校までは公立でいいんじゃないか」と話し合いました。


――小学生のときから頭のよさは目立っていたのでしょうか。
宮台 どうでしょうか、私はそう思ったことはありません。ただ、塾に入るときに親の面接があったのですが、「何か取り組んできたことはありますか?」と聞かれたときに、「ハリーポッターが大好きで、1年生のときに分厚い本を買ってあげたら、すべて読み終えていました」と言ったんです。そうしたら、「お父さん、それはすごいことですよ!」と塾の先生が驚いていました。


――活字が好きだったのですか?
宮台 いえ、そういうわけではなく、ハリーポッターが好きだったんだと思います(笑)。


――日頃、「勉強しなさい!」という話はしていましたか。
宮台 そういうことは言ってないですが、中学に入る前には「ある程度の成績を取れなければ、自分が苦労することになるぞ」という話はしていました。結構強く言ったこともあったので、康平は「おれ、中学に行きたくないよ」と嘆いていたときもありましたね(笑)。
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