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「走り」を極めた二人が語る「全力で走る」と「一歩目は大きく」の誤りとは? 秋本真吾×谷真一郎 対談(前編)

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ポテンシャルは高いが、危険性がある野球選手の「走り」

まず、今回の対談のテーマである「走り」について。秋本さんが野球選手の「走り」を指導し始めたきっかけを教えてください。

秋本 僕は実業団を辞めて、プロの陸上選手としてやっていこうと考えていた時に、オリックスバファローズさんから指導依頼をいただきました。当時、12球団で最下位だった盗塁数を改善するために『足の改革』をしたいという球団の要望があったので、主力選手であるT-岡田選手や伊藤光(現・横浜DeNAベイスターズ)選手に短時間でしたが指導をしたところ、トレーニングする前と後で50メートルのタイムが平均0.3秒も速くなったんです。

陸上出身の僕からすると「100分の1秒を縮めるためにめちゃくちゃ頑張っているのに……」とちょっとショックを受けましたよ(笑)。そこから、定期的にプロ野球のキャンプに臨時コーチとして呼ばれるようになりました。

実際に指導をしてみてプロ野球選手のポテンシャルの高さに驚いたと同時に、ある危険性を感じたそうですね。

秋本 これは野球に関わらず、どの競技にも共通している問題ですが、『速く走る=100%の力を出す』と勘違いしている選手が多かったですね。バッティングやピッチングでもインパクトの瞬間や、リリースする瞬間にだけグッと力を入れますよね。実は走りも全く同じで、最初から最後まで力を入れて走ろうとすると、かえってフォームが崩れてしまいタイムが伸びないんです。

こういった知識がなく、非効率な走りが球界全体に蔓延していることに危険性を感じました。プロ野球となると年間100試合以上あるので、毎試合身体に負担のかかる走りを続ければ、当然ケガのリスクも上がってしまいますよね。

『速く走る=100%の力を出す』という考えや指導は、谷さんの専門であるサッカー界でもあるのでしょうか?

 そうですね。僕はプロだけではなく、ジュニアの指導も行っているのですが、『全力で走れ』『全力でボールに寄せろ』という言葉を真に受けてしまう子どもが多いですね。大切なのはリラックスした状態から爆発的に、ダイナミックに動かすことが良い身体の使い方だと思います。

100パーセントの力で走ろうと考えてしまうと力みが生じて、速く動けなくなるだけでなく、エネルギーもロスすることに繋がってしまいますから。僕は指導をする際によく「100パーセントではなく、70~80パーセントの力で走ろう」と伝えています。

秋本 おっしゃる通りです。「陸上と他のスポーツでは理想の走り方が違うのでは?」と聞かれることがありますが、僕は走ることに関してどのスポーツも目指すべき理想像は変わらないと思っています。そして、走りの概念を変えると同時に正しいフォームの習得が必要ですね。

正しいフォームのカギは姿勢&つま先着地

正しいフォームとはどのようなフォームでしょうか?

秋本 まず、頭からつま先まで身体に一本の芯が刺さっているような状態をキープすること。そして、かかとから着地するのではなく、つま先で着地するようにしましょう。

そして、身長を測る時のように背筋を伸ばし、胸を張った真っすぐな状態のまま身体を前傾すると、自然と後ろ足のかかとが浮くはずです。そうすることで自然とつま先で地面に着地することができ、反発力を生み出すことができるようになります。

つま先で着地することや、地面から最大限の力を得るという考えは谷さんの考えと共通する部分ですね。谷さんから見ると、野球選手の「走り」はどのように映るんでしょうか?

 野球選手の特徴として、速く走るために一歩目をなるべく身体から遠くに出したいと思っている人が多いかもしれません。しかし、一歩目を遠くに出そうとすると必然的にかかと着地になってしまいます。そうなると前に行きたいにも関わらず、受け取るエネルギーは進行方向と逆になり、ブレーキの作用が働きスピードが落ちてしまう。

あと、前傾姿勢とは身体全身が前傾するものであって、ひらがなの「く」の字のように上半身だけ前傾になる『お辞儀スタイル』の選手も多く目にします。

秋本 そうですね。特に盗塁の際にそのような状態になってしまう選手が多いですね。スタートダッシュで大事なのは、最初に地面に着く「1歩目」の位置です。前の足は、自分の身体よりも後ろにあるイメージを持ちましょう。そうすることで体重をつま先にしっかりと乗せることができ、爆発的なスタートに繋がります。自分にとって最適な足幅を理解することが肝心です。

 私は最適な足幅をパワーポジションと呼び、個々に合った位置を模索するよう指導しています。

個々に合わせたトレーニングで「走り」の能力は必ず上がる

正しい「走り」のフォームについて理解している指導者が非常に少ないのが、日本のスポーツ界の課題かもしれません。

 なるべく小さい頃に僕らのような考えやフォームを習得した方が良いのですが、小学校の体育の授業で正しい走り方について教えられる先生って、ごく少数だと思うんです。つまり、多くの人が走ることに関して誰にも教わらないで育ち、我流で模索してきたのではないでしょうか。だからトップアスリートでもフォームに多くの課題があって、その課題を客観的に指摘できる人が少ないのが、悲しいですが日本のスポーツ界の現状かと思います。

秋本 つけ加えると「同じメニューを全員でたくさん行う」のではなく、「選手個々に合ったメニューを最適なボリュームで行う」ことの重要性に気づいて欲しいですね。課題は選手によって違います。阪神タイガースではそれぞれに合ったメニューを実践してもらうことで、多くの選手の「走り」が改善して、昨年はファームでの盗塁数を飛躍的に伸ばすことにもつながりました。

 選手個々に課題を整理し、改善方法を提示することができれば、「走り」の能力は必ず上がります。それに「走り」のベースを上げることはアスリートとしてのチャンスを広げることにもなりますね。ただ速く走るのではなく、どういう走りを目指し、そこにたどり着くために姿勢や足の接地面について考える習慣を身につけて欲しいです。

秋本 普段つま先着地をしていないサッカー選手や野球選手に、走り方を指導すると次の日には必ず筋肉痛になります。でもサッカー選手も野球選手も、陸上選手よりふくらはぎが大きいんです。それは地面に力を加える時間が長いので、筋肉が横に大きくなってしまうからなんです。例えるならアメ車ですかね。アクセルを踏めばパワーは出る。けど、燃費が非常に悪い。「走り」をいかにハイブリッド化するかが野球をはじめ、スポーツ界全体の課題だと思います。

(敬称略、取材・写真:編集部)


秋本真吾 プロフィール

1982年4月7日、福島生まれ。400mハードルにおいてオリンピック強化指定選手にも選出。2010年には男子200mハードルで当時アジア最高記録、日本最高記録を樹立。
2012年6月に引退後、本格的に指導者として活動を開始。スプリントコーチとして、阪神タイガース、オリックス・バファローズなどプロ野球、プロサッカー、アメリカンフットボール、ラグビーチームなどに走りの指導を展開。個人指導でも浦和レッドダイヤモンズのサッカー選手を筆頭に、これまでに野球選手6球団150名、サッカー選手32クラブ190名の指導を展開。またトッププレーヤーだけではなく、全国で子どもたちの走り方教室なども幅広く展開。
現在は「速く」走るためのスプリント指導のプロフェッショナル集団 『0.01 SPRINT PROJECT』代表も務める。

谷真一郎 プロフィール

筑波大学では蹴球部に所属し、在学中に日本代表へ招集される。同大学卒業後は柏レイソル(日立製作所本社サッカー部)へ入団し、1995年までプレー。
引退後は柏レイソルの下部組織で指導を行いながら、筑波大学大学院にてコーチ学を専攻する。その後、フィジカルコーチとして、柏レイソル、ベガルタ仙台、横浜FCに所属し、2010年よりヴァンフォーレ甲府のフィジカルコーチを務め、昨年日本では初となるフィジカルコーチライセンス最高レベルの「AFCフィットネス・コーチ・ライセンス,レベル2」を取得した。
また動き出しの一歩目に着目し、サッカー界に新たな常識をもたらした「タニラダー」の考案者であり、野球向けに改良した 『タニラダー for BASEBALL』でも、その独自のメソッドを伝えている。
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