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「球数制限」は「スポーツマンシップ」に則って議論しよう(前編)

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■燃え尽きる以外の選択肢がない


「燃え尽きさせてやりたい」という議論について。
選手が試合に出て健康障害を負ったとして、「ほら、燃え尽きることができてよかっただろ」と言えるのは、極言すれば本人も指導者も、親御さん、家族も含めて全員に納得感がある場合に限るのではないかと思います。相互に尊重しあって議論した末にそうなるのなら、いいかもしれません。
しかし、実際には「燃え尽きる以外の選択肢がない」のが現実ではないでしょうか?
本当に、燃え尽きた選手に納得感があるのかどうか。
一番問題なのは、監督と選手が師弟関係、上下関係にあることです。
羽生結弦選手とコーチの関係は、対等に感じます。互いに尊重し合う、水平の信頼関係です。
しかし高校野球をはじめとするいわゆる体育会的リスペクトは、下から上への一方通行のベクトルであり、反対方向のリスペクトを感じることはなかなかありません。
師弟は上意下達の関係になっています。上から命令して下が言うことを聞くという関係になっている。これはハラスメントを生みやすい体質とも言えます。
上下の関係しかない中では「忖度」が起こりやすい。たとえば、
「お前燃え尽きたいだろ」
「はい」
という忖度です。選手は指導者の顔色を窺い、やらせたいことを察知する「忖度能力」を磨いていることが多いと思います。
根深いのは、こうした指導の在り方が何世代も続いてきたことです。自分もそういう指導で育ってきたから、生徒もそういう風に指導する。その繰り返しです。
どこかで目を覚まさないと終わりません。
でも、内発的に変わるのは難しい。みんな自分がかわいいし、自己防衛するからです。

後編につづきます。

(取材・写真:広尾晃)

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