ニュース 2019.07.09. 12:01

「エンジョイ・ベースボール」の慶應義塾高校元監督に球数制限について聞いてみた(前編)

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上田誠氏は、慶應義塾高校の硬式野球部監督として、2005年春、2008年春、夏、2009年春にチームを甲子園に導き、2度準々決勝まで進出させた。チームを強くしただけでなく、現代に即した新しい高校野球のあり方を模索した指導者としても知られる。指導者としての考え方は「エンジョイ・ベースボール(NHK出版)」という著書となり、広く読まれている。「球数制限」に対する考え方と、高校野球のあるべき姿について聞いた。




■これは違うんじゃないか?


僕は神奈川県の県立高校(湘南高校)で野球をして慶應義塾大学に入りました。故障もあったので、選手としてはそれほど活躍しませんでしたが、新人選手やチームの面倒をみる側になり「教える面白さ」が分かってきました。
でも、当時の慶應義塾大学は、すごいスパルタでした。僕は大学の4年間、これは違うんじゃないかと思うところも沢山ありました。しかし日本全国の野球は「殴って鍛える」ぐらいの時代でした。僕くらいの年齢になれば「いい体験をしてもらった」という笑い話になりますが、今だったらあり得ない事が沢山起こっていました。

大学卒業後は前巨人監督の高橋由伸選手がいた桐蔭学園で野球部の副部長になりました。ここは、慶應よりももっとすごい厳しさで高校生が鍛えられていました。
もともと僕がいた湘南高校は、監督も「自分で考えてやれ」という方でしたから、練習時間もそれほど長くはなかったのですが、その学校は朝3時半から練習の期間もありました。こうなったら、選手も授業中は寝るしかない。
僕は、いかに短い時間で効率よく練習をして実力をつけるかが大事だと思っていたので、違う方向性を求めて県立の厚木東高校に移って指導していましたが、慶應義塾高校の監督のなり手がないということだったので、監督をお引き受けすることにしました。
当時の慶應義塾大学野球部の前田祐吉監督が紹介してくださいました。
当時の慶應義塾高校は地区予選でも苦労するような状態でしたが、そこから25年ほど監督を務めました。

■「もう投げられない」


投手の登板過多では、僕にも苦い思い出が多々あります。
ある年は、横浜高校がノーシードになって3回戦で当たった。これを破ったら今度は東海大相模と準決勝で当たってこれも破った。エースがよく投げてくれました。
決勝は桐光学園。当時のエースは春の県大会では1度も投げさせなかったくらいで、登板過多には気を使ってきたのですが、2番手との格差があまりにも大きかったので、決勝で彼を出さないという決断が僕にはできなかった。そこで連投させた。
6回まで6-1で勝っていた。
「スピードが出てないけど、がんばってくれ」と思っていたら、逆転された。そのとき投げた後に顔をしかめたんです。嫌な感じがしたので、エースを右翼に下げて、2番手を出した。チームは反撃したので、点差も縮まって、挽回できそうだった。
そこで右翼からエースを呼び寄せて
「おい、もう1回逆転するから最後いってくれ」と言ったら
「いや、無理です」とはっきり言いました。「なんか変な音がして」と言った。
そこで、彼を登板させずに結果的に敗退しました。選手に「無理です」と言わせる空気は作っていたんです。それが救いでしたが彼には本当につらい思いをさせたと今でも思っています。


■「球数制限」をスタートラインにして、変わっていくしかない


「球数制限」だけで高校野球のいろいろな問題を解決することは難しいとは思います。でも、高校野球が「球数制限」をスタートラインにして、変わっていくしかないと思います。
まず、高校野球が口火を切れば、球数制限は下へ、下へと降りていきます。中学もそうですが、小学生の投げすぎが一番怖い。もちろん、高校野球でも「球数制限」は必要ですが、そうしたいい循環になってほしいですね。
こういう話をすると、
「全国の高校球児の何割が野球をすると思っているんですか。1学年5万人のうち、せいぜい一割程度が大学、社会人、プロで野球を続けるだけです。あとは野球と一切関係ない。そんな連中が最後のマウンドに立ちたいというのなら、好きにさせたらいい」
という人もいます。
私は反対です。そんなことしたらおじさんの草野球も早朝野球も楽しめなくなる。そういう野球も大事なんです。
それにけがをさせないのがスポーツの大前提ではないですか。
「どうなってもいいから好きにさせてやれ」はスポーツじゃないでしょう。
地方大会を見ていると、熱中症で足がつったり、目がうつろになったりするのも見ます。ここまで投げさせるのか、代えてやれよ、と思います。そういう状況をみんな見ているわけですから。

公立高校に優秀な投手が出てきて、あと少しで勝てそうなときに、球数オーバーだから降板しなければならない、それはだめだろうという意見もありますが、そんなの関係なくルールとして決めたら、みんなそれに合わせて変わると思いますよ。(取材・写真:広尾晃)

後編に続きます

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