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小・中学生時代のホンネを元甲子園球児に聞いてみた!

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■やめたいと思ったことはあります


中学進学を控えた頃、峯少年には甲子園という目標が見えてきた。硬式野球で活躍すれば強豪高校の関係者の目に止まる機会が増えるのではないか? そう考えた峯少年は強豪・和歌山シニアに入部する。



入部後すぐに中学硬式野球の日本一を決める全国大会「ジャイアンツカップ」で準優勝も経験した。当時の3年生にはのちに大阪桐蔭で春夏連覇を果たすことになる田端良基などがおり、峯少年は強豪チームのレベルの高さに圧倒された。当時の記憶といえば厳しい練習しかないという。
「特にランメニューが多くて、とにかく走らされていましたね。主に長距離。ある時は50m×100本、100m×50本、『どっちがいいか?』とコーチに言われたこともあります。距離は同じなんですけどね(笑)」。

練習が嫌で逃げ出したいとか思ったことはなかったかと聞くと、こんな答えが返ってきた。
「やめたいと思ったことはありますよ。練習がしんどい時、結果が出ない時、怒られた時……でも本気でやめようとはならなかったですね。今にして思えば、厳しさを乗り越えて精神的に強くなったと思うので、(後々の人生で)役に立っているのかなと思いますね」

■複数ポジションを守れた方が可能性は広がる


和歌山シニアでもポテンシャルの高さを発揮し始めた峯少年は、遊撃手、投手と複数ポジションをこなし、やがて外野手に転向。3年になるとキャプテンも任された。
「内野は小、中で少しやってそれからはずっと外野でしたけど、子どもの頃は絶対に1つのポジションよりも複数のポジションを守らせた方がいいと思いますね。その方がその子の色んな可能性が広がるとは思います。個人的には外野よりも内野のほうが難しかったですね。経験上、内野手が外野手になるのは簡単なんですけど、その逆となると倍ぐらい時間がかかるように思いますね」(沢井史/写真:本人提供)

次回「元甲子園球児に聞いた『高校選びの基準とはじめての寮生活』」に続きます。
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