ニュース 2019.10.03. 11:32

子どものうちの野球は「楽しむこと」が一番でいい

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アメリカでは3Aでプレーし、メジャー昇格まであと一歩のところまで迫った根鈴雄次さん。現在は『アラボーイベースボール・根鈴道場』(横浜市都筑区)であらゆる年代のプレーヤーの指導を行っている。そんな根鈴さんに、これまで得た経験から、少年野球の保護者や指導者に伝えたいことなどを聞いてみました。




■4年遅れで法政大学野球部へ


——アメリカに渡ってから2年後に帰国。通信制の高校に入り直して4年遅れで大学に入学されたんですね。
「最終学歴が日本の中卒でしたから、やっぱり高校を出ていないとアメリカでもどうにもならないんです。『お前いいバッティングしてるな? どこの学校だ?』ってなっても、高校を出ていないことがネックになって(どこにも所属できない)。
なのでアメリカで野球で上を目指すにしても、一旦日本に戻ってまずは高校を卒業する。そして大学に進んで、そこからメジャーを目指そうと思ったんです。それで僕が入った定時制は単位制だったんですけど、高校時代の修得単位が認められて2年で卒業することができたんです。ダブった1年によく勉強していたおかげですよね(笑)。成績もオール5に近くて、法政大学法学部に指定校推薦で入学することができました」

——法政大学では野球部で副キャプテンまで務めて、卒業後は再びアメリカに渡ってマイナーリーグで活躍されたわけですけど、高校時代の不登校だった状態からもう少しでメジャーリーグという状況まで這い上がられました。その間にご自身が大切にしていたことは何かありますか?
「アーノルド・シュワルツェネッガーの『成功のための6つのルール』というのがあるんですけど、まさにそれだと思います。その中の一つに『ルールを破ること』というのがあるんですね。ここで言うルールは今までの慣習や否定的な他人の意見も含まれます。
『4年遅れで法政の野球部なんか入れるわけがない』『アメリカなんか行っても成功するわけがない』、そういう意見に流されずに、自分で考えて、自分で決めて行動したこと。それが一番じゃないでしょうか」

■親が口を出し過ぎないことが大事


——根鈴さんのこれまでの体験を踏まえて、今の小中学生の選手や、その保護者、指導者の方にアドバイスなどがあればお願いします。
「まず子どものうちの野球は楽しむことが一番でいいと思います。野球の楽しい部分は何かというと打つことなんですよ。ティーボール野球でもいいですし、下から軽く投げてやってまずは打つところから始める。勝敗もなくてもいいと思うんですね。
あとは勝つ、負けるということよりも、野球そのものにもっと遊びの要素を取り入れてほしいと思います。例えば先攻後攻を決めるじゃんけんがあるじゃないですか? あれで勝った方は左バッターが多いチームだったらライトのフェンスを前に出せるとか、低学年の子がバッターボックスに入れば外野のフェンスを前にするとか、そうやって遊びの要素を含んだルールに変えてもいいと思うんですよね、子どものうちの野球は。
野球は英才教育で育つものではないと言いましたけど、子どもの頃から何でも詰め込んで教えるのではなくて、まずシンプルな野球の楽しさを覚えてもらえるようにしてもらいたいですね」

——保護者や指導者の方に対してはどうですか?
「親が口を出し過ぎないことだと思います。早めに子どもに“野に放つ“準備をしてあげてほしいですね。指導者の方も、(子どもを)見ていると先に教えてしまうことが多い。そうではなくて、子どもが一人で考えることがその後のメンタル的な強さにも繋がっていくと思います。
もう一つは選手に対してレッテルを貼らないこと。保護者や指導者、集団心理というものにどうしても人間は流されやすいので、そうならないようにしてもらいたいですね」

——多くの経験をされてきた根鈴さんだけに非常に説得力のある話でした。お忙しいところありがとうございました。

(取材・西尾典文/写真・編集部)

根鈴雄次さんプロフィール


1973年生まれ。日大藤沢では入学直後に4番を打ちながら不登校になり1991年8月に単身渡米。2年間現地でプレーした後帰国し、都立新宿山吹高校を経て22歳で法政大に進学。卒業後は再び渡米し、2000年には日本人、アジア人野手として初めてAAAでプレー。その後オランダ、メキシコ、カナダ、日本国内の独立リーグでもプレーし2012年に引退。現在は横浜市都筑区で『アラボーイベースボール・根鈴道場』を開校し、後進の指導にあたっている。
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