10月27日、大阪大学中ノ島センターで、開催された「野球科学国際特別セミナー」では、MLBのピッチスマートの制定に深くかかわったグレン・フライシグ博士(ASMI アメリカスポーツ医学研究所 研究ディレクター)の講演があった。
フライシグ博士はニューヨークの出身。MIT(マサチューセッツ工科大)を経て1987年のASMI米国スポーツ医学研究所の立ち上げに参画。MLBのアドバイザーも務めている。野球医学の研究者としてはアメリカで最も高い評価を受けている一人だ。
2010年以降、アメリカではトミージョン手術を受ける選手が急増した。とりわけ15歳から19歳の世代で飛びぬけて多くなっていた。
ASMIでは、肩、肘の怪我の危険因子として
・投球数
・投球動作のメカニクス
・球速
・球種
・マウンド
の5つを挙げ、それぞれの因子について研究を深めた。
ASMIは、開始してから新たに生じる事象について調査する「プロスペクティブ研究(前向き研究)」と過去の事象について調査する「レトロスペクティブ研究(後向き研究)」を実施した。
プロスペクティブ研究としては、怪我をしていないリトルリーグの健康な投手410名に対し、2006~2010年の5年間、毎年、電話で聞き取り調査をした。
調査の結果、約5%の若い投手が20歳までに重篤な腕(肩、肘)の障害を負うこと。
そして年間100イニング以上投げると、障害発生率は3倍以上(3.5倍)になることがわかった。
レトロスペクティブ研究としては、肘の手術をした選手(66人)、肩の手術をした選手(29人)、健康な選手(45人)に聞き取り調査をした。いずれも14歳から20歳の若い投手。
調査の結果、1試合当たり80球以上投げる投手は怪我のリスクが4倍になること、年間8か月以上投げる投手はリスクが5倍になること、さらに疲労時に投球をするとリスクが36倍になることが分かった。
またアメリカのMLB投手の出身地についても調査し、寒冷地出身の投手の方が、温暖地出身の投手よりもトミージョン手術の発症率が低いことが分かった。
これらの結果から、フライシグ博士は
・試合での多すぎる投球は避けるべきである
・少なすぎる投球、身体活動も避けるべきである
・若い時代に一つの競技を特化して行うことは避けるべきである
という結論を出している。
また投球のバイオメカニクス(生体工学)についても研究を進めた。
個々の選手について、少年、高校生、大学生、プロ野球の段階で、それぞれ投球動作について解析を行い、
・身長、腕の長さは増加する
・肩関節の最大外旋位は増加する
・特に思春期前期に、腕の軌跡、腕や体幹の動きは改善し、力やトルク(ねじる力)は増加する
・身体の成長と動きの改善によって、角速度、球速が増加する
という結論を出した。
さらに、日本人と米国人の投球動作の違いについても調査し、
・日本人は米国人よりストライドが大きく、肘の屈曲が大きい。
・肘がよく上がっている
ことを究明した。
球速については
・球速が上がると怪我のリスクは増加するが、パフォーマンスは必ずしもそうではない。
球種については
・子供にカーブを投げさせることと腕の障害は無関係。
という結論を出している。
マウンドの高さについては
・低くなっても腕への負担(力、トルク)には影響はないが、動作は若干変わる。
こうした詳細な調査研究を経て、2014年、MLBは「ピッチスマート(投球数制限と必要な休息日に関する勧告)」を実施した。
今ではリトルリーグ、ポニーリーグを始め、全米のほとんどの少年野球団体が「ピッチスマート」を導入している。
フライシグ博士の講演は1時間少しではあったが、内容は非常に濃かった。
何事によらずアメリカでは一つの施策を決めるために、固定概念にとらわれず、広範で徹底的な研究を行っている。
そしてその結果を、野球指導の現場に効果的におろしている。アマチュア野球界、指導者は専門家による科学的なエビデンスを理解し、信頼して、改革を進めている。
当たり前のことが当たり前に行われている。
日本でも、多くの研究者が最先端の研究を進めているが、それを現場に反映するのがいろいろな事情で難しいのが現状だ。
(広尾晃)
フライシグ博士はニューヨークの出身。MIT(マサチューセッツ工科大)を経て1987年のASMI米国スポーツ医学研究所の立ち上げに参画。MLBのアドバイザーも務めている。野球医学の研究者としてはアメリカで最も高い評価を受けている一人だ。
2010年以降、アメリカではトミージョン手術を受ける選手が急増した。とりわけ15歳から19歳の世代で飛びぬけて多くなっていた。
ASMIでは、肩、肘の怪我の危険因子として
・投球数
・投球動作のメカニクス
・球速
・球種
・マウンド
の5つを挙げ、それぞれの因子について研究を深めた。
ASMIは、開始してから新たに生じる事象について調査する「プロスペクティブ研究(前向き研究)」と過去の事象について調査する「レトロスペクティブ研究(後向き研究)」を実施した。
プロスペクティブ研究としては、怪我をしていないリトルリーグの健康な投手410名に対し、2006~2010年の5年間、毎年、電話で聞き取り調査をした。
調査の結果、約5%の若い投手が20歳までに重篤な腕(肩、肘)の障害を負うこと。
そして年間100イニング以上投げると、障害発生率は3倍以上(3.5倍)になることがわかった。
レトロスペクティブ研究としては、肘の手術をした選手(66人)、肩の手術をした選手(29人)、健康な選手(45人)に聞き取り調査をした。いずれも14歳から20歳の若い投手。
調査の結果、1試合当たり80球以上投げる投手は怪我のリスクが4倍になること、年間8か月以上投げる投手はリスクが5倍になること、さらに疲労時に投球をするとリスクが36倍になることが分かった。
またアメリカのMLB投手の出身地についても調査し、寒冷地出身の投手の方が、温暖地出身の投手よりもトミージョン手術の発症率が低いことが分かった。
これらの結果から、フライシグ博士は
・試合での多すぎる投球は避けるべきである
・少なすぎる投球、身体活動も避けるべきである
・若い時代に一つの競技を特化して行うことは避けるべきである
という結論を出している。
また投球のバイオメカニクス(生体工学)についても研究を進めた。
個々の選手について、少年、高校生、大学生、プロ野球の段階で、それぞれ投球動作について解析を行い、
・身長、腕の長さは増加する
・肩関節の最大外旋位は増加する
・特に思春期前期に、腕の軌跡、腕や体幹の動きは改善し、力やトルク(ねじる力)は増加する
・身体の成長と動きの改善によって、角速度、球速が増加する
という結論を出した。
さらに、日本人と米国人の投球動作の違いについても調査し、
・日本人は米国人よりストライドが大きく、肘の屈曲が大きい。
・肘がよく上がっている
ことを究明した。
球速については
・球速が上がると怪我のリスクは増加するが、パフォーマンスは必ずしもそうではない。
球種については
・子供にカーブを投げさせることと腕の障害は無関係。
という結論を出している。
マウンドの高さについては
・低くなっても腕への負担(力、トルク)には影響はないが、動作は若干変わる。
こうした詳細な調査研究を経て、2014年、MLBは「ピッチスマート(投球数制限と必要な休息日に関する勧告)」を実施した。
今ではリトルリーグ、ポニーリーグを始め、全米のほとんどの少年野球団体が「ピッチスマート」を導入している。
フライシグ博士の講演は1時間少しではあったが、内容は非常に濃かった。
何事によらずアメリカでは一つの施策を決めるために、固定概念にとらわれず、広範で徹底的な研究を行っている。
そしてその結果を、野球指導の現場に効果的におろしている。アマチュア野球界、指導者は専門家による科学的なエビデンスを理解し、信頼して、改革を進めている。
当たり前のことが当たり前に行われている。
日本でも、多くの研究者が最先端の研究を進めているが、それを現場に反映するのがいろいろな事情で難しいのが現状だ。
(広尾晃)