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プロ注目!明石商エース中森くんの小学生時代はガリガリでノーコンだった!?

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来年の高校野球界で注目投手のひとりとして挙げられるのが明石商の中森俊介投手だ。1年の夏から甲子園を経験し、今年はエースとしてセンバツ、夏の甲子園といずれもベスト4まで進出した。その夏の甲子園では自己最速の151キロを計測した成長著しい右腕は、幼少時代、どのように野球に触れてきたのだろうか。




中森の出身地は兵庫県の山間部・篠山市。自然豊かな地で、幼いころから外で遊ぶことが好きだった中森は、3歳の頃からからよくキャッチボールをやっていた。その相手になってくれたのは3歳上の兄。その兄が野球チームに入ると、自身も追いかけるように小学校2年の冬に地元の少年野球チームに入った。最初のポジションはショート。だが、部員数が少ない関係で練習試合ではあらゆるポジションを経験した。
「1試合目で捕手をやって、2試合目はピッチャーをすることもありました。6年生になって地元チーム同士が合併して部員が少し増えましたが、その頃から(ピッチャーとして)投げる機会が増えていました」。

当時からチーム内ではボールは速い方だったが、とにかくコントロールが悪かった。同じく投手をやっていた兄はコントロールが良く、兄からアドバイスを受けながら練習をしていたという。幼いころから体は大きい方で、今では182cm、83kgとバランスの取れた恵まれた体は今でもチームの中では目立つ存在だが、線の細さは否めず「背の順は常に後ろの方でも体がとにかくガリガリで。なかなか太れませんでした」と本人は言う。

中学では篠山東中の軟式チームに入部した。2年生になった頃に、周囲から太った方が良いと言われて体を太くすることを意識するようになった。体重を増やすには、まずご飯を食べることしかないと思い、毎食白飯をかき込み、増量に努めた。その甲斐があり、周囲に比べて見劣りしないほどの太さにはなった。「何キロ増えたとか、ここまで増やそうなどは意識せず、ただ食べるだけでした」。3年生になると、1年間だけ三田ボーイズに所属した。そこで初めて硬式球を握ることになり、軟式のボールにはない感触を味わうことになった。
「最初は投げるとどうしてもボールが抜けがちでした。軟式のボールに比べて硬式球は変化球の曲りが早くなるのも大きな違いでした。でも、投げていくうちに徐々に慣れていきました」。
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