ニュース 2018.11.02. 13:51

長田秀一郎|衝撃を受けた和田毅のボール、長くプレーできた秘訣は「学ぶ姿勢」


――最後の1年間はBCリーグでもプレーしましたが、引退を決意したのはなぜですか?
長田:最初はNPBに戻る気でしたが、まず肩を痛めたことが大きかったです。それまで全く痛めたことがなかったので。NPBを目指している若い選手の姿勢を見て、今の自分の状態では無理だろうなと思って春先にはもう決めていました。それからはどちらかというと若手に指導していたことが多かったです。久保(康友・元DeNA)がまだ独立リーグでやっているのを見ると、自分も暖かいところに行けばまだできたかなとは思いますね(笑)。

――改めてプロに入れたこと、プロでこれだけ長くできたのはなぜだと思いますか?
長田:選んだチームが良かったこと、色んな人に出会えたことが大きかったと思いますね。鎌倉学園の一つ上の先輩も慶応の野球部に行っていたので、その先輩がいなかったら行っていなかったかもしれません。テスト期間だけでも勉強をする習慣があったから慶応に行けたと思いますし、六大学で高いレベルの選手とプレーしたからプロに行けたと思います。西武とDeNAでも多くの選手を観察して良い部分を取り入れたことも長くできたことに繋がったと思います。

――引退されてからまだ1年ですがどんな活動をされているのですか?
長田:解説の仕事をしながら、スポーツ系のサプリメントを扱う会社にも籍を置いてもらい、また指導にも携わっています。社会人野球にも教えに行っていますし、地方でなかなか高いレベルの指導が受けられない選手やチームに元プロ選手を派遣して指導を行うプラットフォームにも登録しています。

――今後もやはり野球には携わっていこうと考えていますか?
長田:そういう思いはありますね。引退してグラウンドの外に出て、改めて野球にかかわる仕事がたくさんあって、また野球が好きな人が多いということを知りました。また引退した後の選手がどうしていくかなどの部分にも課題があるのを改めて感じています。これまで得た繋がりを生かして、野球界に還元するようなことができたらいいなと思っています。

――最後に松坂大輔投手についてはどう見られていますか?
長田:ソフトバンクで全く投げられていなかったので、自分の方が長くプレーしたぞと思っていましたが見事に復活しましたね(笑)純粋に同世代として応援しています。1年でも長くプレーしてもらいたいですね。


父親の助言はあったものの、自分の判断で進路を決め、野球にも勉強にも取り組んできたことがプロ入りにも繋がったと話した長田さん。そのような学ぶ姿勢があったことが、プロ入り後のプレーにも生き、長く現役を続けることができた理由の一つと言えるのではないだろうか。今後もその経験を生かしての活躍を期待したい。
(聞き手:西尾典文、写真:編集部)

長田秀一郎さんプロフィール

1980年5月6日生まれ。神奈川県横浜市出身。鎌倉学園、慶応大でエースとして活躍し、2002年のドラフト会議では自由獲得枠で西武に入団。西武、DeNAで14年間プレーし、通算25勝25敗2セーブ85ホールドの成績を残した。2017年はルートインBCリーグの新潟でプレーし、昨年11月に引退を表明。現在は解説者として活動しながら、アマチュアの現場での指導にも携わっている。

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