日本でのプロ経験がないままアメリカへ渡った根鈴雄次さん。パワフルな打撃を武器に2000年にはメジャーまであと一歩手前のAAA(トリプルエー)まで昇格した強打者だ。その後もオランダ、メキシコ、カナダ、日本国内の独立リーグを渡り歩き、現在は『アラボーイベースボール・根鈴道場』(横浜市都筑区)であらゆる年代のプレーヤーに指導を行っている。そんな世界の野球事情を知る根鈴さんに日本の育成年代の野球はどう見えているのか? お話を聞いてみました。
——多くの国や地域の野球を体験してきた根鈴さんから見て、今の日本の少年野球はどのように映っていますか?
「自分が色んな所で野球をやってきて学んだことは、まず大前提として、野球は個人競技ではなくあくまでもチームの中でその選手が光らないといけない、ということですね。そう考えると、日本の少年野球の年代、特に保護者の方はそのことをあまり考えていない方が多いように感じます。自分の子どもが選抜チームに選ばれるためにはどうすればいいか、ということが最初に来ているケースをよく見ます。子どもが大事だからというのは分かりますが、あまりにも過干渉になり過ぎているのではないでしょうか? 選抜チームに入るために色んなチームを渡り歩くというのはその最たる例だと思いますね」
——最近はチーム以外にもパーソナルレッスンや野球塾などに通っている子どもも多いとよく聞きますね。
「自分もそういう仕事をしているのであまり言うのはどうかと思いますけど(笑)、野球はゴルフやテニスのように英才教育をして育つスポーツとは真逆だと思うんですよ。何かを詰め込んでいって育つのではなく、上手くなるのには必ず段階があります。体が未発達の子どもにあれもこれもやらせても、その時は良くても長い目で見ればあまり意味がないと思いますね」
——根鈴さんがそういう年代の子どもに指導するうえで気をつけていることはありますか?
「うちは個人レッスンとスクールクラスがあるんですけど、スクールクラスは本当に基本的なところ以外は、いきなりテクニカルな部分には入りません。打つにしても投げるにしても自然と体験できるということを大事にしています。だから熱心な保護者の方はもっと手取り足取り教えてもらえると思ってやってくることも多いですけど、うちはそうじゃないというのをはっきり言うようにしています」
——もう少し上の高校生や大学生の年代の選手にはどんなことを伝えているのでしょうか?
「まずはアメリカでも日本でも選手として求められる所作は同じだということを話します。よく高校野球をドロップアウトした選手から、『アメリカで野球をやりたい』と相談を受けるのですが、そういう選手の10人中8人くらいは髪の毛を染めていたり、ピアスをしていたりするんですね。まずそれが大きな勘違いだということを言います。アメリカの野球関係者も当然日本人が(基本的には)黒髪だということは知っていますから、下手をすると見た目の時点で切られることもあります。グラウンドの中での怠慢な行為やチームの和を乱すようなことは当然許されません。日本ではそういったことに対して監督や指導者が厳しく言いいますが、アメリカは何も言わずに評価することが多い。ただそれだけの違いだということです。
最初にも言いましたけど、あくまで野球はチームスポーツですから、そのことを理解して、チームのために行動するというのは世界共通で当たり前だということです」
——日本は規律を重んじられる印象が強いですけど、アメリカはそれが緩いということではないんですね。
「逆に向こうの方が厳しくて理不尽なこともあります。それに一流になるような選手はアメリカでも日本でも人間としてしっかりしています。それはチームスポーツである以上、どの国に行っても同じだと思います」
——日本よりもアメリカの方が規律が厳しい一面もあるというのは、実際に向こうで野球をされてきた根鈴さんだから感じられたことでもありますね。
「日本の規律には良い面も悪い面もあると思うんです。日本ではスタメンから外された選手はしょんぼりするだけだと思いますけど、アメリカでは『なんで俺を使わないんだ!?』って、監督に自分で意見しますし、使ってくれとアピールするんですね。
一方でこの前のU18の試合も見ましたけど、日本だけですよね、ベンチの監督・コーチの方ばかりチラチラみていたのは。チームの輪を乱さないことは大前提ですけど、『ここは絶対俺が打つ! ベンチのサインなんて関係ねー!」みたいなメンタルも時には必要だと思うんですね。特にアメリカで活躍したいなら。この辺の表現はなかなか難しいですけど」
——日本は高校野球というものの存在が非常に大きいように思いますが、その点についてはどうお考えですか?
「高校野球をドロップアウトした自分が言うのもなんですけど(笑)、今の高校野球の仕組みが全て悪いとは思っていません。トーナメントという、負けたら終わりの仕組みの中で、全員がそれに向かってやるから生まれる強さのようなものもあると思います。ただ、一つの高校に100人以上の部員が所属して、試合に出られるのはほんのわずかの選手という仕組みは変えた方がいいと思いますね。人数を制限するなり一つの高校から複数のチームでエントリーできるようにすべきでしょう。
試合に出たらどんどん伸びるような才能を持った選手たちが、スタンドで応援しているだけでそのまま野球人生を終えるというのは本当にもったいないことだと思います」
次回は根鈴さんの少年時代、高校時代の経験などのお話を伺います。
(取材・西尾典文/写真・編集部)
根鈴雄次さんプロフィール
1973年生まれ。日大藤沢では入学直後に4番を打ちながら不登校になり1991年8月に単身渡米。2年間現地でプレーした後帰国し、都立新宿山吹高校を経て22歳で法政大に進学。卒業後は再び渡米し、2000年には日本人、アジア人野手として初めてAAAでプレー。その後オランダ、メキシコ、カナダ、日本国内の独立リーグでもプレーし2012年に引退。現在は横浜市都筑区で『アラボーイベースボール・根鈴道場』を開校し、後進の指導にあたっている。
■野球は英才教育とは真逆のスポーツ
——多くの国や地域の野球を体験してきた根鈴さんから見て、今の日本の少年野球はどのように映っていますか?
「自分が色んな所で野球をやってきて学んだことは、まず大前提として、野球は個人競技ではなくあくまでもチームの中でその選手が光らないといけない、ということですね。そう考えると、日本の少年野球の年代、特に保護者の方はそのことをあまり考えていない方が多いように感じます。自分の子どもが選抜チームに選ばれるためにはどうすればいいか、ということが最初に来ているケースをよく見ます。子どもが大事だからというのは分かりますが、あまりにも過干渉になり過ぎているのではないでしょうか? 選抜チームに入るために色んなチームを渡り歩くというのはその最たる例だと思いますね」
——最近はチーム以外にもパーソナルレッスンや野球塾などに通っている子どもも多いとよく聞きますね。
「自分もそういう仕事をしているのであまり言うのはどうかと思いますけど(笑)、野球はゴルフやテニスのように英才教育をして育つスポーツとは真逆だと思うんですよ。何かを詰め込んでいって育つのではなく、上手くなるのには必ず段階があります。体が未発達の子どもにあれもこれもやらせても、その時は良くても長い目で見ればあまり意味がないと思いますね」
——根鈴さんがそういう年代の子どもに指導するうえで気をつけていることはありますか?
「うちは個人レッスンとスクールクラスがあるんですけど、スクールクラスは本当に基本的なところ以外は、いきなりテクニカルな部分には入りません。打つにしても投げるにしても自然と体験できるということを大事にしています。だから熱心な保護者の方はもっと手取り足取り教えてもらえると思ってやってくることも多いですけど、うちはそうじゃないというのをはっきり言うようにしています」
■茶パツやピアスはアメリカでもNG
——もう少し上の高校生や大学生の年代の選手にはどんなことを伝えているのでしょうか?
「まずはアメリカでも日本でも選手として求められる所作は同じだということを話します。よく高校野球をドロップアウトした選手から、『アメリカで野球をやりたい』と相談を受けるのですが、そういう選手の10人中8人くらいは髪の毛を染めていたり、ピアスをしていたりするんですね。まずそれが大きな勘違いだということを言います。アメリカの野球関係者も当然日本人が(基本的には)黒髪だということは知っていますから、下手をすると見た目の時点で切られることもあります。グラウンドの中での怠慢な行為やチームの和を乱すようなことは当然許されません。日本ではそういったことに対して監督や指導者が厳しく言いいますが、アメリカは何も言わずに評価することが多い。ただそれだけの違いだということです。
最初にも言いましたけど、あくまで野球はチームスポーツですから、そのことを理解して、チームのために行動するというのは世界共通で当たり前だということです」
——日本は規律を重んじられる印象が強いですけど、アメリカはそれが緩いということではないんですね。
「逆に向こうの方が厳しくて理不尽なこともあります。それに一流になるような選手はアメリカでも日本でも人間としてしっかりしています。それはチームスポーツである以上、どの国に行っても同じだと思います」
——日本よりもアメリカの方が規律が厳しい一面もあるというのは、実際に向こうで野球をされてきた根鈴さんだから感じられたことでもありますね。
「日本の規律には良い面も悪い面もあると思うんです。日本ではスタメンから外された選手はしょんぼりするだけだと思いますけど、アメリカでは『なんで俺を使わないんだ!?』って、監督に自分で意見しますし、使ってくれとアピールするんですね。
一方でこの前のU18の試合も見ましたけど、日本だけですよね、ベンチの監督・コーチの方ばかりチラチラみていたのは。チームの輪を乱さないことは大前提ですけど、『ここは絶対俺が打つ! ベンチのサインなんて関係ねー!」みたいなメンタルも時には必要だと思うんですね。特にアメリカで活躍したいなら。この辺の表現はなかなか難しいですけど」
——日本は高校野球というものの存在が非常に大きいように思いますが、その点についてはどうお考えですか?
「高校野球をドロップアウトした自分が言うのもなんですけど(笑)、今の高校野球の仕組みが全て悪いとは思っていません。トーナメントという、負けたら終わりの仕組みの中で、全員がそれに向かってやるから生まれる強さのようなものもあると思います。ただ、一つの高校に100人以上の部員が所属して、試合に出られるのはほんのわずかの選手という仕組みは変えた方がいいと思いますね。人数を制限するなり一つの高校から複数のチームでエントリーできるようにすべきでしょう。
試合に出たらどんどん伸びるような才能を持った選手たちが、スタンドで応援しているだけでそのまま野球人生を終えるというのは本当にもったいないことだと思います」
次回は根鈴さんの少年時代、高校時代の経験などのお話を伺います。
(取材・西尾典文/写真・編集部)
根鈴雄次さんプロフィール
1973年生まれ。日大藤沢では入学直後に4番を打ちながら不登校になり1991年8月に単身渡米。2年間現地でプレーした後帰国し、都立新宿山吹高校を経て22歳で法政大に進学。卒業後は再び渡米し、2000年には日本人、アジア人野手として初めてAAAでプレー。その後オランダ、メキシコ、カナダ、日本国内の独立リーグでもプレーし2012年に引退。現在は横浜市都筑区で『アラボーイベースボール・根鈴道場』を開校し、後進の指導にあたっている。