年中さんがファーストを守れる理由
ちびっ子達に「捕る」練習をさせることにはもう一つの理由があると言います。それは「ファーストとしてボールを捕れるようになること」それがテニスコートからメイングラウンドに“昇格”できる基準だから。
「見ていただいた4カ所のバッティング練習あったでしょ? あれは打つ練習と同時に守備練習も兼ねているんです。そこに入ってファーストとしてボールをしっかりキャッチできるかどうか? それができるようになったらこっち(メイングラウンド)に行けるんです。そしてこっちに来れたらバッティング練習にも参加できるんです」
実際、メイングラウンドの一番下のカテゴリーのグループに目を移すと、そこにはファーストを守る年中さんの小さな男の子の姿がありました。その子は内野手からの送球を当たり前のようにキャッチしているのです。
メイングラウンドで練習ができるのは学年や体格に関係なく、ファーストとしてボールをキャッチできるかどうか。
なるほど明確な基準です。
もう一つ驚いたのが、1、2年生の子ども達がファーストまで強いボールを投げていたこと。これもテニスコートで正しい投げ方を教わっていたからこそ。
低学年のうちからこんなレベルなのですから、高学年になったときにどんな選手になっているか、想像することは難しくありません。
挨拶代わりの連続スタンドインとノーサイン野球
取材日の午後には近くの球場で近畿秋季学童軟式野球県予選が行われました。多賀は初回に1点の先制を許しますが、その裏に先頭バッターがいきなりレフトスタンドにホームラン。試合会場がざわつきます。そのざわつきを切り裂くように続く2番バッターも初球を左中間スタンドへ連続ホームラン。たった二人であっという間の逆転劇。ざわつきはやがて驚きとため息が混じったものに変わり、会場に流れていた様子見の空気も「やっぱり多賀はレベルが違う!」そんな空気に一気に変わりました。
対戦相手のレベルは決して低いわけではありませんでした。それでも終わってみれば14-1で多賀の圧勝。次々外野の頭を越えていく打撃も見事でしたが、驚くべきは初球スクイズやツーランスクイズなどを含めて試合中は全てノーサインだったこと。
試合後に辻監督に初球スクイズの場面について訊きました。
「あの場面、打者は全くベンチを見ていないし監督が打者に耳打ちなどもまったくしていませんでした。相手からしたら初球にスクイズを仕掛けてくる気配が全くなかった。だからこそ『初球はストライクを投げてくる確率が高い』と打者と3塁ランナーが共に判断してあうんの呼吸でスクイズをした、そういうことですか?」
辻監督は言いました。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれません。だって子ども同士で考えてやっていることですから(笑)」
強いチームは全国にたくさんあると思いますが、大人が子どもを動かして勝つのではなく、子ども達自身で考えて動き、勝てるチームは多くはないのではないでしょうか。
一体どんな練習を積み重ねればこんなチームができるのでしょうか?
残念ながらその理由の1割もお伝えすることができませんでした。詳しくは来年1月頃に発売予定の書籍『タイトル未定』(インプレス)でたっぷり紹介できればと思います。ご期待ください。(取材・写真・文/永松欣也)