野球を通じて子どもたちに考える力を。
お父さんとお母さんのための
少年野球サイト。

  • 連載・コラム

選手の成長を邪魔しないことが指導者の役割|慶應義塾・森林貴彦監督(甲子園優勝監督の失敗学)

甲子園優勝を成し遂げた名将たち。その道程には失敗や後悔、苦い敗戦があった——。昨年発売された『甲子園優勝監督の失敗学』(KADOKAWA)の中から、少年野球の指導者の方にも参考となる部分を抜粋して紹介します。今回は仙台育英・須江航監督の章の一部を紹介します。


2023年6月に森林監督を取材した際に、新チームから描いていた成長曲線との差を聞くと、「思い描いていた以上です。特にバッティングが上がりました」と選手たちの頑張りを称たたえていた。

秋は専大松戸の平野大地(専修大)に抑え込まれ、センバツでは仙台育英の髙橋煌稀(早稲田大)、湯田統真(明治大)を打てずに敗れた。日本一を果たすためには、ドラフト候補に挙がるような好投手を打てなければ勝てない。目指すべき基準が上がったのが、何より大きかった。

夏の甲子園の決勝で史上初の先頭打者本塁打を放つなど、神奈川大会・甲子園の12試合で46打数24安打の活躍を見せたのが、リードオフマンの丸田湊斗(慶應義塾大)だ。春までの丸田はたしかにいい選手であるのは間違いないが、まだバッティングにムラがあった。森林監督は丸田の成長を促すために、声をかけ続けていたという。

「ウエイトトレーニングの成果もあって、冬が明けてから打球が飛ぶようになっていました。丸田自身は強く引っ張って長打を打ちたい。その気持ちもわかるんですけど、チームとして欲しいのは出塁なんですよね。足の速い丸田が一塁に出ることで、相手の守備にプレッシャーをかけることができる。それもあって、『一塁にいてくれるだけで、相手はだいぶイヤなんだけどなぁ。出塁してくれると、チームとしては本当にありがたい。飛ばしたくなるのもわかるんだけどなぁ……』と、チクチクと嫌みっぽく言ってました」

——チクチクと。

「そうです、チクチクと嫌みを」

——そういうことは言うんですね。

「怒ったり𠮟しかったりすることはほとんどない分、嫌みは言いますね(笑)」

丸田に好調の理由を聞くと、「ホームランを捨てたこと」と答えたことがあった。おそらくは、森林監督の〝嫌み作戦〞が効いていたのだろう。その象徴的な一打が、神奈川大会決勝の横浜戦の第二打席にあった。
横浜の先発左腕・杉山遙希(西武)の外のスライダーだけに狙いを定め、夏の打席で初めてノーステップで臨んだ。初球の甘いスライダーを見事に捉えると、左中間を抜ける先制適時三塁打となった。1打席目もスライダーを狙っていたが、1ボールから引っかけてのファーストゴロ。目線のブレをなくすために、自分の判断でノーステップにしていた。

じつは、夏の大会前に、学生コーチから「2ストライク後はノーステップでいこう」という提案があったが、「人によって合う合わないがあるので、全員では統一しないほうがいいと思います」と意見を言っていたのが丸田だった。

丸田がノーステップを決断したのは、決勝前日のフリーバッティングでの感触が良かったため。左腕の杉山対策として、バッティングピッチャーを務めたのがENEOSの渡部淳一だった。
もうひとり、春から急成長を遂げたのが延末藍太(慶應義塾大)だ。チャンスで回ってくれば必ず仕事をする勝負強さが光り、夏の12試合で16打点を挙げた。

センバツ後の春の大会で、森林監督は大きなコンバートを行っている。レフトを守っていた福ふく井い直なお睦とき(慶應義塾大)をサードに、サードの清原勝児をファーストに回し、ファーストを延末と清原の2人で争う形にした。これには、事情がある。

「延末は左ピッチャーをまったく打てなかったんです。だから、右打者の清原をファーストにして、左ピッチャーのときは清原をスタメンで使う予定でいました。それが、夏が近付くにつれて、延末が左ピッチャーにも対応するようになってきて、夏は先発投手が左であっても起用するようになりました。春の時点のバッティングを考えれば、横浜の杉山から3本もヒットを打つなんて考えられません」

なぜ、打てるようになったのか。

「正直、よくわかりません(笑)。本当に、6月から急に打てるようになったんです。『どうした?』と聞いたら、『最近、ボールが見えるようになってきました』って。技術的なことよりも、左ピッチャーの軌道を数多く見ていく中で、対応できるようになったのだと思います。延末自身の努力が一番ですが、やっぱり経験は大事だなと思いました。プロでも期待の若手にはファームで打席数を確保して、結果が出なくても、経験を積ませていますよね。高校生はさらに経験が足りないので、指導者としても一喜一憂せずに、信じて我慢することが必要。それは、延末から教わったというか、学んだことでしたね。我慢して我慢して、高校の3年間で間に合わない選手もいると思いますけど、その経験を大学で生かしてくれたらいいなと思います」

森林監督のモットーは『勝利至上主義』ではなく『成長至上主義』。成長のためのサポートをするのが指導者の役割であり、丸田のときのように嫌みなことを言うこともあれば、延末のときのようにジッと黙って経験を積ませることもある。当然、さまざまなアプローチの仕方があり、「これが正解」と言い切ることはできない。

「『人は自ら伸びる』。これが前提にあります。向上心や意欲は本来、人間に備わっているものです。指導者は、成長の邪魔をしないこと。だから、指導者が教えたからと言ってうまくなるなんてまったく思っていません。監督をやっていると、高校生から教わることもたくさんあって、彼らのことは心から尊敬しています」

監督と選手。上と下の立場ではなく、「役割が違うだけ」というのが森林監督の持論だ。「地位が違うと捉えてしまうと、トップダウンになりかねません。地位ではなく、役割が違う。飛行機でたとえるのなら、監督はおそらく機長の役割に近い。でも、機長ひとりでは飛行機は飛ばせないですよね。副操縦士がいたり、客室乗務員がいたり、整備士がいたり、地上の受付業務のスタッフがいたり、それぞれが役割を果たすことで飛行機は飛ぶことができる。野球も一緒で、監督がひとりで先頭に立って頑張っても、目標に向かって飛び立つことはできません。『私は監督という役割を全うするので、あなたたちは選手という役割を一生懸命に頑張ってください』というスタンスです。だから、目標、目的を共有する仲間だと思っています」

上でも下でもないからこそ、尊敬の念を抱くことができる。

(続きは書籍でお楽しみください)


「甲子園優勝監督の失敗学」
大利実
KADOKAWA