「野球少年をプロ野球選手に育てあげよう!! 選手育成シミュレーション機能搭載」
レトロゲーム店で、パッケージ表面のその一文にソフトを選ぶ手が止まった。スーパーファミコンソフトの『プロ野球スター』(カルチャーブレーン)である。キャラクターイラストは平成球界二大スターのイチローや松井秀喜を抑えつつ、ヤクルトの代表キャラは常連の古田敦也ではなく、野村克也監督とカツノリなのが印象的だ。裏面では「野球少年をプロ選手に育てられる!」と怒涛のプレゼンが続いている。

「キビシイ練習、緊張の初舞台、手強いライバル、カワイイ彼女…野球に青春を賭ける少年をプロ野球界のスタープレイヤーにするか、草野球の選手で終わらせるかはすべてキミの育て方にかかっている!」
これが新機能!プロスタ育成モードだ!!……ってやけに力んでいるのにも理由がある。実はあのパワプロシリーズのサクセスモードで、初めてプロ球団ではなく高校が舞台になったのは1998年3月26日発売の『実況パワフルプロ野球5』(コナミ)から。つまり、中学から高校へ、その先の大学・社会人を舞台に野球選手を育てる『プロ野球スター』のコンセプトは、1997年1月の時点では革命的に新しかった。
同じくカルチャーブレーンの超人ウルトラベースボールやウルトラベースボール実名版シリーズから超人要素が完全に消え、続編というよりリスタート。いわばノーマルな野球ゲームとして再出発を切った本作の新たな生命線が、この「野球少年をプロ野球選手に育てる」路線だった。しかし、『プロ野球スター』が発売された1997年はすでに市場の中心はプレステやセガサターンで、任天堂も新ハードのNINTENDO64に注力していた。3年前の1994年には年間370タイトルが出ていたスーファミソフトも、この年に発売されたのはわずか29タイトル。令和のレトロゲーム店で『プロ野球スター』が、野球ゲームにしては高めの2500円前後の値段が付いているのも、例によって当時スーファミ時代が終焉しかかっており、販売本数が少なかったためである。
さっそくモードセレクトで「選手育成」を選んでプレイボールだ。令和の長嶋茂雄を作るべく、基本設定は右打ちの三塁手、好きなチームは巨人の「ながしま」で青雲中学入学へ。しかし、とにかく打球が飛ばない。この中学生の非力さも完全再現かと驚愕して説明書を確認すると、ノーマル操作はAボタンで通常スイング、Yボタンでフルスイングがあることが判明して以降はフルスイングを心がけ、長打力をつける筋トレとフリーバッテングを中心に練習メニューを組む。ただし、パワー系トレーニングばかりに励むと、守備力や走力の数値が比例して落ちる仕様なので、走攻守揃った5ツールプレイヤーの育成がかなり難しい。早い段階で打撃に全振りのスラッガー育成へと舵を切る。
とにかく事件続きの野球部で、いきなり監督からショートコンバート指令はいいとして、部室で財布を盗まれ、不良部員からカツアゲされそうになるチームメイトを「暴力はいけない!」と体を張って守り、ボコボコにされ故障入院。さらに復帰したら、またナチュラルに財布を盗まれるというセキュリティガバガバの部室で中学生活をサバイバルした長嶋君は無事卒業。試合では目立った結果を残せなかったが、「あなたの中学時代の活躍が認められて、めでたく名門CL学園に進学できました」と謎の高評価で地元の青雲高校ではなく、野球名門校へと越境入学だ。

ここでもやはり恒例行事のように部室で財布を盗まれ、そのたびに勝負強さの数値がマイナスになっていく。進学しても監督から「長嶋、お前の守備じゃあショートは任せられん」と二塁コンバート。さらにその打ち方じゃダメだと右打ちから左打ちへと強制転向させられてしまう。令和の長嶋茂雄への道はマジで遠い…。
野球試合パートは操作できるのが自分の打席のみなので、例え全打席出塁しようともチームの勝利に直結しない理不尽さが妙にリアルだ。名門CL学園でも過剰な筋トレに励む日々だが、毎年地区予選の2〜3回戦で敗退。高卒即プロには届かなかったが、それでも見てくれていた人はいるもので、「高校での活躍が認められたあなたは、第1志望の大学へ」と法令大学へ進学する。

入学してすぐ、「長嶋君? やっぱり長嶋君だあ。久しぶり! ひっどーい! 忘れちゃったのお? わたしよ、わ・た・し!」とノリが80年代アイドル風のアイちゃんに声をかけられ、強制的に彼女ができてしまう。あまりに強引な展開に唖然としたまま野球部の練習に参加すると、中・高と守備練習をサボっていたため一塁コンバートを命じられた。左打ちの一塁手でホームランバッター。これはもう令和の王貞治を目指すしかないと覚悟を決める長嶋君であった。
恋人のアイちゃんは、練習や試合のたびに励ましてくれて、ヤル気アップで能力値も順調に伸びる。時に怪我をするまで限界寸前の筋トレに励んだ成果で、ひとり別次元の飛距離と打球速度を誇る長嶋は、二年時には大学対抗戦で弾丸ライナーをバックスクリーンに叩き込んだり、逆方向へ大谷翔平ばりに場外アーチをかっ飛ばす怪物スラッガーへと成長していく。でも、例によって息を吐くように部室で「…あれ?…あれ、おかしいな?」なんつって財布を盗まれる長嶋君の青春だ。
プレイヤー数値は、「打率732、打力868、走力346、守備0」ともはやDH専門の大型和製大砲への道を爆走。三打席連発アーチを放ちながら自チームは敗退という弱小野球部でも、自称ライバルのくれない君や友人のさとう君が適度に絡んでくる大学時代を過ごし、いざ4年秋のドラフト会議へ。なお、指名漏れした場合は社会人野球チームのNCCへ進むことになるが、これだけの打力があればドラ1でプロ入りできるだろう。

期待に胸を膨らませて指名を待っていたら、現実はジャイアンツの4位指名だった。イチローや山本由伸のようにドラフト4位からの下剋上を目指すしかない。なお、プロ1年目の長嶋君の初期打撃成績は「打率.370、54本塁打、肩D、守G、犠E、選A、対左A、勝負強さD」と中学生レベルの守備を全盛期のランディ・バース級の打撃でカバーして、目指せゴジラ松井超えだ。
はっきり言って、のちのパワプロのサクセスモードより理不尽で、ゲームシステムも穴だらけだ。ライバル関係や恋人のイベントも単調で、練習後は隙あらば財布を盗まれる。実況こそ頑張っているものの、肝心の野球パートの操作性も特筆すべき点は特にない(というか1997年作品にしては攻守にしょぼい)。それでも、アバウトな進行でそれなりの選手が育ってくれて、気ままなフルスイングでホームラン連発だ。深く考えず、気ラクに楽しめるこのユルいズンドコ加減こそ、あの頃のレトロ野球ゲームの醍醐味ではないだろうか。

ちなみにひとりの選手が中学からプロ野球入りするまで、1時間半ほどでサクサク進んでいく。説明書に付属している選手育成モードの効率的な練習メニュー表はかなり役に立つので、中古で購入する場合は説明書付きがオススメだ。
あなたも年末年始に、『プロ野球スター』で野球少年をプロ野球選手に育て上げるのはいかがだろうか? くれぐれも部室で財布を盗まれないように気をつけて———。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)