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“ミスターアマ野球”・杉浦正則氏がプロに進まなかった理由

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アトランタ五輪のときの杉浦正則氏
 24日に放送された『人生が二度あれば 運命の選択』(日本テレビ系)に“ミスターアマ野球”の異名を持つ杉浦正則が登場した。

 杉浦は91年同志社大を卒業し、社会人野球の日本生命に進んだ。翌92年に行われたバルセロナ五輪・野球日本代表として、2勝をマークし銅メダル獲得に貢献。96年のアトランタ五輪で2勝し銀メダルの立役者となり、一部プロ選手が参加した00年のシドニー五輪は1勝を挙げた。五輪や社会人での活躍が評価され、毎年のようにプロの球団からオファーを受けた。だが、誘いを断り、プロのユニフォームに袖を通すことなく、00年限りで現役を引退。

 杉浦は同番組でプロ入りしなかった理由について「オリンピックの金メダルが欲しかったからです」とし、「アマチュアでしかオリンピックに行けなかった。オリンピックに行ってみると金メダルが欲しくなる場所。もう1回行きたくなるような場所ですね。プラス国際大会で151連勝していたキューバの存在。そういうキューバをオリンピックの大舞台で破って金メダルが獲れたら最高だなと思っていました」と説明した。

 また、若い頃に“プロの道”に進むか、“同じ道”を進むかとの質問に杉浦は「今だったらプロに行くと思います」と回答。「プロがオリンピックに参加するとなっていれば、プロに行っていたと思います。」06年から始まったワールドベースボールクラシック(WBC)についても「海外の選手とプレーするのが楽しみというか、凄く大好き。楽しんでやっているかなと思います」と語った。

 杉浦は現役引退後、所属していた日本生命で投手コーチ、監督を歴任。2015年に行われた『第27回BFAアジア選手権』では、社会人日本代表のコーチを務めた。
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