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いつも何かに導かれていた ソフトバンク・王貞治球団会長(77歳) スポーツ人間模様

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記念イベントに登場し、一礼するソフトバンクの王貞治球団会長=2017年6月14日、東京ドーム 写真提供:共同通信社
レジェンドをたたえる。プロ野球って、いいなぁとしみじみと感じました。
1977年、巨人・王が756号の本塁打世界記録を樹立し、今年は40周年。達成したのは9月3日でしたが、昨日、ソフトバンクとの交流戦で王会長を迎え、記念イベントが行われました。

当時を振り返り、

「いろいろなことに燃えていた。バカみたいに練習をして、いろいろなことに熱くなっていた」

と語っています。77年の人生は

「いつも何かに導かれているようだった」

とも言います。小学生時代は、横綱の吉葉山から、力士になれとすすめられ、中学時代は野球の他に、卓球、陸上まで。スポーツ万能でした。しかし、父の仕福さんは、教育に熱心でスポーツよりも学問で身を立てることを望んでいたようです。

で、進学校として有名だった、都立隅田川高を受験。ところが、失敗して早稲田実業へ入学しています。「あれが、すべての始まり」と王会長は話していました。お兄さんは医師。学業優秀で、家庭内では肩身が狭い。内気な少年だったそう。「ぼくの人生は、いいことなんて、これっぽっちもないよ」と冗談まじりに漏らすこともある。

運命を変えたのは、やはり甲子園。高校3年時、巨人を除く、プロ全球団が王家へ日参したといわれます。が、実は、いの一番で訪ねたのは、巨人のスカウトでした。でも、仕福さんは、「貞治は、大学へ行かせます」。王会長が知らない間に断ってしまったとか。それだけに、そんな経緯を知らなかったのです。また、仕福さんは、仮にプロ入団でも、「巨人は大卒が多い。だから、阪神がいい」。一家の長がそういえば、従うのが当然。

流れを変えたのは、兄の鉄城さんです。王会長へ、「自分の気持ちを言ってみろ」。小さな声で、「巨人へ行きたい」と何度目かの家族会議で口にしたのです。

「ぼくの時代、東京の下町はみんなが巨人ファン。赤バットの川上さんにあこがれない人はいなかった」

この頃、巨人はポスト川上を育てることが急務だったわけで、打者の左は王、右は末次がその候補でした。対照的に、阪神は、王獲得でエースを、という狙い。なるほど、運命に導かれていたことがおわかりでしょうか。

巨人入団時の契約金は1,800万円で、長嶋と同額。期待の高さがうかがわれます。年俸が144万円。大学卒の初任給が1万3,000円の時代ですから、驚くような大金でした。そうはいっても、自身は現在もお金については淡泊で、

「野球でお金儲けをしようとは、1度も考えたことはない。野球が好きだからね。金儲けのためにプレーした選手は誰も大成しません」

と断言しています。そして、人生の進路で迷った際、

「これは無理だ、という方を選んだほうがいい」

とアドバイスします。

6月15日(木) 高嶋ひでたけのあさラジ!「スポーツ人間模様」



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