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4番が故障で離脱…監督時代の大矢氏は?

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横浜監督時代の大矢明彦氏(C)KYODO NEWS IMAGES
 広島の4番・鈴木誠也が23日のDeNA戦の守備で足を骨折し、負傷離脱。リーグトップの90打点を記録する4番の不在はチームにとって大きな痛手だ。24日の試合では新井貴浩が4番に入り、3打数2安打1打点の活躍を見せたが、チームは3試合連続のサヨナラ負けを喫した。

 24日に放送された『ショウアップナイタープレイボール』でも、リスナーから『チームの4番が抜ける影響について教えてください』という質問が届いた。

 この質問に答えたショウアップナイターの解説者・大矢明彦氏も、横浜(現DeNA)監督時代の09年に、当時4番を務めていた村田修一(現巨人)が負傷し、チームの主軸を欠いて試合に臨んだことがあった。大矢氏は村田の負傷を受け、「一瞬凍りつきました」と当時の心境を語り、「どうしようかというのはありました」と苦慮したことを明かした。

 そこで4番を任せたのが、08年に打率.378を記録し首位打者に輝いた内川聖一(現ソフトバンク)。今ではソフトバンクで4番を務める内川だが、当時は「なかなかうまくいきませんでした」と大矢氏。内川は開幕から2試合4番を務め、2試合で8安打に終わったチームの中で2安打(7打数)を放ち奮闘したが打線はつながらず連敗。3試合目からは内川を3番に入れ、吉村裕基(現ソフトバンク)を4番に据えた。

 しかし、主砲を欠いた打線は開幕からの6試合でわずか5得点と沈黙。チームも6連敗を喫していきなり躓くと、村田が復帰するまでの15試合で5勝10敗と大きく負け越した。


(ニッポン放送ショウアップナイター)
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