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内川から子どもたちへ「『野球っていいもんだ』っていうのを見せ続けられれば」

苦しんだ2000本目


  ソフトバンクの内川聖一内野手は9日、敵地で行われた西武戦の8回にセンターへの安打を放ち、通算2000安打を達成。プロ入りから18年目で迎えた、プロ野球史上51人目の快挙だった。

 「やっと、やっと打てた。しんどかったな…というのが今の素直な思いです」と、率直な気持ちを吐露した35歳のベテラン。王手をかけてから14打席無安打と苦しみながらも打ち立てた金字塔について、「今までヒットを打つのに何か障害があったら、上から見て周りを見て探したりとか、色々なものを回避しながら打ってきたような感覚だったけど、自分が意識しないものを人から意識させられたことによって目の前に本当にでっかいものがあって身動きが取れないような感じだった」と独自の表現を用いつつ、周囲の盛り上がりに戸惑っていたことを明かした。

 また、残り25本という「現実的な数字」で今季を迎えたことにより、「近くて遠いような感覚になってしまった」とも説明。しかし、苦しんだ末に2000本を達成した瞬間には、「いろんな感覚がありましたけど、打った瞬間にあんなにガッツポーズをして、意思表示をして走ったことはあまりなかったけど、そういう表現が自然と出た」という。

 それも、内川の“代名詞”と呼べるような右方向への打球。本人も「僕のバッティングを作ってくれたのは、センターから右方向に打つこと。それが僕の基礎になっている。それを締めにできたというのは嬉しく思う」を笑みをのぞかせたが、「柳田が一塁に残ってくれたことで、自分が持っている本来のバッティングをしようという気持ちになった」と振り返り、ゲッツー崩れで一塁に残っていた柳田にも感謝の意を示した。


「安堵感と、嬉しさ」


 2000本を達成したときの感情に関しては「グラウンドにいる瞬間は、本当にほっとした安堵感と、球場全体がこれだけ僕のヒットを祝福してくれる嬉しさ、みたいなものの興奮の中にいました」とコメント。全試合に帯同していた王貞治会長と、同じくWBCなどでも親交があった西武の松井稼頭央から花束を贈呈され「いろんな喜びがあった」とし、グラウンドでは「涙まではいきつかなかった」と語った。

 しかし、ベンチに戻り、チームメイトに出迎えられて安堵した瞬間、「ベンチ裏で一緒に泣いてくれた裏方さんがいてくれたんですよね。そういう裏方さんがいてくれて本当に幸せだなと思いますし、こんなに心配かけていたのかと申し訳ない気持ちにもなりました」と感慨深く振り返る姿は、非常に印象的だった。

 記念のボールに関しては、「自分の家に飾るか、実家に飾るかになる。誰にも触られないところに置いておこうかな(笑)」と述べ、陰ながら自身を支え続けてくれた母への感謝の思いも口にした。

「お母さんが一番大変だったと思います。高校時代は父が監督で、僕と弟が選手。親子喧嘩をグラウンドでしているような感覚でしたけど、それを傍から見ている母は大変だったと思う。父の弁当1つと、僕と弟の弁当が2つずつ、毎朝5つの弁当をつくるのも大変だったと思う。プロに入ってからも心配しかかけてないと思うので、両親の目の前で打てたのは本当に良かった」

 そして、「僕の扱い方を一番わかっている人」だと語る奥さんに関しても、「野球が上手くいかないと家でも愛想よくできる方じゃない」と評する自身を「扱うのは大変だろうなと思う」と労いつつ、「こういう瞬間を同じスタジアムの中で共有できたことを嬉しく思います」とコメント。さらに「結果に関わらず明るく出迎えてくれた」子ども2人の存在も大きかったことを明かした。


「『野球っていいもんだ』っていうのを見せ続けられれば」


 そして、右打者であることに加え、35歳での達成という偉業を成し遂げた誰もが認めるバットマンでありながら、人に負けないというのは「正直何もない」と断言。しかし、「だからこそ右方向にヒットを打つことの大事さみたいなものを実感してバッティングしてきたというのもある。足や守備など、他に秀でているものがあれば、ここまでバッティングに対して本気で考えられたかな?という気持ちも自分の中にはある」との考えを示した。

 そんな自身の経験があるからこそ、プロ野球選手に憧れる子どもたちへのメッセージを求められると、「僕自身、ずっと野球が頭抜けて上手かったわけではなかった。大分で野球を始めて、少年野球をやって、一般入試で高校に入りました。そういう選手でも、何かキッカケをつかめばプロ野球でもやれるんだというのを一つの基準にしてもらえれば嬉しい」と語り、次のように続けた。

「僕の場合は、“絶対にプロ野球選手になるんだ!”という思いでやってきたかというと、そうじゃない部分もたくさんあった。高校時代はケガもありましたし、“本当にプロ野球に行くのか”と、ドラフト会議の直前まで疑いながらやってきたような選手。自信を持って子どもたちに“夢を持って頑張れば叶う”とか言えるような立場ではない」

「でも、頑張ることの大切さは僕自身も感じさせてもらいましたし、自分自身こうやって一つ一つ結果を残すことで、自分自身に言い聞かせられる部分もたくさんありました。子供たちに「野球っていいもんだ」っていうのを見せ続けられればと思っています」


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