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西武は「山賊」? 打線の“ニックネーム史”を振り返る

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(C)KYODO NEWS IMAGES

「山賊」「エクスプレス」「獅子舞」


 開幕から1カ月半が経ったプロ野球の2018年シーズン。序盤戦で快進撃を見せているのが、昨季パ・リーグ2位の西武だ。

 開幕8連勝というロケットスタートを決めると、4月終了時点で19勝5敗の勝率.792という好成績で首位を快走。ここに来てやや勢いに陰りが見え始めているものの、12球団トップのチーム打率.281と得点212を誇る超強力打線は他球団の投手陣を震え上がらせている。

 こうした快進撃の象徴となる打線には“ニックネーム”がつけられる傾向がある。今回の西武も、ネット上ではその破壊力から「山賊打線」の名前で親しまれているほか、メディアでは「エクスプレス打線」(NHK)、「獅子舞打線」(スポーツニッポン)など、様々なニックネームが挙がっている。

 今回は、こうした個性あふれる“打線のニックネーム史”を振り返ってみた。


日本で最初の打線ニックネームは阪神?


 打線のニックネームといえば、阪神タイガースの「猛虎打線」や広島カープの「赤ヘル打線」がお馴染みだが、日本で初めて打線に明確なニックネームが付けられたのは1946年だといわれている。それが当時の阪神タイガース打線に付けられた「ダイナマイト打線」だ。

 当時の阪神は藤村富美男や景浦將、別当薫などを擁し、球界でも屈指の破壊力を誇った。あまりの強さに日刊スポーツの記者だった高山方明氏がダイナマイト打線と名付け、それが定着した形だ。

 この「ダイナマイト打線」は、その後も阪神が強力な打線を形成するたびに用いられることになる。例えばバース・掛布・岡田の強力なクリーンナップを擁した1985年の阪神打線は「ニュー・ダイナマイト打線」と呼ばれ、阪神の強力打線を象徴するニックネームとしてファンに愛されている。


時代を象徴するニックネーム


「ダイナマイト打線」以降では、1950年代後半~1960年代前半の南海ホークス「400フィート打線」も有名。これは「400フィート(約122メートル)飛ばせば本塁打になる」ことにちなんで名付けられたもの。この時期に不動の4番打者だった野村克也が戦後初の三冠王に輝くなど、球界トップレベルの強力打線だった。

 同じ1950年代~1960年代では、毎日オリオンズ打線に付けられた「ミサイル打線」もよく知られているニックネームだ。大映ユニオンズと合併して大毎オリオンズとなり、親会社がロッテに変わってロッテオリオンズになってからもこのニックネームが使われていた。


 また、「赤へル打線」は広島カープ打線のニックネームとして有名だが、その登場は1970年代の後半。この時代の広島といえば山本浩二と衣笠祥雄の“YK砲”を擁する球界屈指のものだった。この強力打線を、チームの象徴でもある赤いヘルメットにちなんで「赤へル打線」と名付けた、といわれている。

 ちなみに、カープのチームカラーが赤色になったのは、1975年に監督に就任したジョー・ルーツが帽子の色を赤色に変えたのがきっかけ。それまでは紺色の帽子とヘルメットだった。もしルーツが帽子の色を変えなければ、“赤へル”という愛称は存在しなかったといえるだろう。


90年以降は新ニックネームの宝庫


 1990年代以降は、「ダイナマイト打線」や「赤ヘル打線」などの長く使われてきたものに加えて、新しいニックネームが次々と生み出されている。その中でも、チームをリーグ優勝、または日本一に導いた強力打線には特徴的なニックネームが付けられた。

 例えば、リーグ連覇を達成した1995~1996年のオリックス・ブルーウェーブは「ブルーサンダー打線」(※前身のオリックス・ブレーブス打線の愛称でもあった)。1998年に球団史上2度目の日本一に輝いた横浜ベイスターズの「マシンガン打線」は特に有名だ。

 他にも、一般公募で名付けられた日本ハムファイターズの「ビッグバン打線」や、当時の球団社長が命名した福岡ダイエーホークスの「ダイハード打線」、監督だった長嶋茂雄が自ら名付けた巨人の「ミレニアム打線」なども、ファンにとっては思い出深いニックネームだろう。


 今年の西武打線は、現時点で歴代の強力打線に匹敵する数字を残している。最終的にどんな成績で今シーズンを終えるかどうかはまだ定かではないが、その成績だけでなく、どんなニックネームが付けられ、そして定着するのかも注目したい。


文=中田ボンベ

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