現役時代の山本昌氏(C)KYODO NEWS IMAGES

◆ 『200勝』は難しすぎる?

 今から1カ月前の5月9日、ソフトバンクの内川聖一が史上51人目の通算2000安打を達成。高卒の右打者では最速というオマケ付だったが、近年の球界を代表する安打製造機をもってしても王手をかけてから15打席を要し、「やっと打てました」とホッとした表情を見せたことは記憶に新しい。

 NPBではここ数年、“2000安打ラッシュ”の波が来ている。2017年以降だけでも荒木雅博(中日)に阿部慎之助(巨人)、鳥谷敬(阪神)、そして先月の内川と立て続けに4人が偉業を達成。さらに福浦和也(ロッテ)も残り23本と金字塔が迫ってきており、今季中の達成が期待されている。

 その一方、『2000安打』と同じ名球会入りの条件になる『200勝』を達成する投手はしばらく出ていない。日米通算であれば2016年に黒田博樹が達成したものの、日本球界のみとなると2008年の山本昌が最後。日米通算を含めても、21世紀以降では工藤公康、野茂英雄、そして山本昌と黒田の4人しか出ていないのだ。

 ここで、『2000安打』と『200勝』の達成者を年代別で比較してみよう。なお、ここでは日米通算での達成者は除いた。

【年代別・2000安打達成人数】※NPBのみ
1940年~:0人
1950年~:1人
1960年~:2人
1970年~:8人
1980年~:13人
1990年~:3人
2000年~:10人
2010年~14人
―――――
[合計] 51人

【年代別・200勝達成人数】※NPBのみ
1940年~:3人
1950年~:5人
1960年~:5人
1970年~:2人
1980年~:6人
1990年~:1人
2000年~:2人
2010年~:0人
―――――
[合計] 24人

 こうして見ると一目瞭然。実は1960年代までの達成者は『2000安打』が3人だけだったのに対し、『200勝』は13人。前者の方が難易度が高かったのだ。

 ところが、1970年代以降は48人に対して11人と形勢逆転。2000年代に200勝を達成した工藤公康は41歳3カ月、山本昌は42歳11カ月と、それぞれ20年以上に及ぶ現役生活の末に打ち立てた金字塔であった。

◆ 目安は『185勝』?

 現役選手のなかで『200勝』に最も近い位置にいるのが石川雅規(ヤクルト)。今年38歳になったベテラン左腕だ。

 通算11度の2ケタ勝利を記録した小さな巨人であるが、ここからさらに2ケタ勝利を4度も記録しなければならないというのは高いハードルだろう。ちなみに昨季は4勝(14敗)と白星を積み上げることができず、今季もここまで3勝2敗という成績。決して順調とは言えない。

 チャンスの多い若い選手を探してみても、ダルビッシュ有や田中将大、前田健太といった早くから勝ち星を量産していた選手たちはいずれもメジャーリーグに挑戦。こういった時代の流れもあって、『200勝』投手というのはより珍しいものとなっているのだ。

 近年の傾向から「先発投手の名球会入りの条件を見直すべきでは?」という声も挙がっているが、では『2000安打』と同等の価値を持つ勝利数とは一体どれくらいになるのだろうか。

 今回は2リーグ制以降の“最多勝利投手の平均勝利数”と“最多安打者の平均安打数”を年代ごとに比較。ちょうどいいラインを探ってみた。

【年代別・最多勝利投手の平均勝利数】
1950年~:29勝
1960年~:28勝
1970年~:22勝
1980年~:19勝
1990年~:17勝
2000年~:17勝
2010年~:17勝

【年代別・最多安打者の平均安打数】
1950年~:160安打
1960年~:162安打
1970年~:159安打
1980年~:166安打
1990年~:173安打
2000年~:182安打
2010年~:186安打

 こうして見ると、まったく対照的なことがお分かり頂けるだろう。50年以上前は最多勝のタイトルを獲得するのに30勝前後が必要だったが、近年は15勝に届かずともタイトルに手が届く年もある。18勝以上ならほぼ確実と言えるだろう。

 一方の安打数は、試合数の増加もあって右肩上がり。1970年代までは160安打前後だったのが、2010年代には186安打までハードルが上がっている。

 2000年代以降だけを切り出してみると、投手の1勝に匹敵する安打数は『10.8安打』。これを200勝に当てはめると『2165安打』となり、逆に2000安打から勝利数を割り出すと、『185勝』がひとつの目安になる。

 セイバーメトリクスの普及もあって、「投手の実力を勝利数で計るのは時代遅れ」という見方も多くなっているなか、それでも分かりやすく馴染み深い“勝利数”が廃れることはないだろう。

 次に『200勝』を達成するのは誰で、それはいつ見られるのか。もしくは名球会入りの基準が見直される日が先になるのか…。今後の展開から目が離せない。

文=八木遊(やぎ・ゆう)

【八木遊・プロフィール】
1976年、和歌山県出身。大学卒業後、某スポーツデータ会社に就職。プロ野球、MLB、NFLの業務などに携わる。野茂英雄と同じ1995年に渡米。ヤンキース全盛期をアメリカで過ごした。日本にファンタジーベースボールを流行らせたいという構想を持ち続けている。

この記事を書いたのは

八木遊

八木遊 の記事をもっと見る

もっと読む