支配下登録期限まで1週間
7月末の支配下登録期限まで1週間、各球団が移籍やトレードでの補強を発表している。そんな中、7月20日に行われた試合で再デビューを飾ったのが、横浜DeNAベイスターズの中後悠平だ。
中後は2011年のドラフト2位でロッテに入団すると、中継ぎ左腕として1年目から27試合に登板。しかし、それ以降は制球難もあり、結果を残すことができないまま2015年オフに戦力外通告を受けた。翌2016年からはマイナーリーグからメジャー昇格を目指したが、昇格の夢は叶わず、2018年6月21日に契約解除。その後、リリーバーの補強を目指していたDeNAの入団テストを経て、7月5日に入団発表会見が行われた。
育成契約から契約変更する場合をのぞき、シーズン途中に日本人選手が新規支配下登録となるケースはそれほど多くない。2011年以降で見ると中後で6人目となる。その途中入団を果たした日本人選手たちは、それぞれどのような成績を残してきたのか。振り返ってみたい。
昨季は川崎がNPBに復帰
昨シーズンはカブスから自由契約となっていた川崎宗則(ソフトバンク)が、開幕直後の4月3日に新規支配下登録されている。しかし、アキレス腱痛といった故障の影響もあり、一軍では42試合の出場に留まり、思うような結果を残すことはできなかった。今シーズンも契約保留者名簿に載っていたものの、開幕直前に自由契約に。現役引退ではないものの、今シーズンのプレーは絶望的。来シーズン以降の復帰が待たれている。
それ以前では2014年に中後と同じように海外でプレーしていた小林宏が、BCリーグの信濃グランセローズを経て西武への入団を果たした。小林のNPB復帰は3年ぶりだったが、5試合の登板で防御率は7.94と思うような投球ができず、その年限りで現役を引退している。
小林と同じ2014年には建山義紀(阪神)もNPBに復帰。2011年からMLBでプレーし53試合に登板した建山だったが、この年はメジャー昇格がかなわず5月に契約を解除され阪神へと入団した。6月下旬の合流だったこともあるが、シーズンを通して8試合の登板に終わっている。小林と同様に建山もこの年限りでユニフォームを脱いだ。
中村紀洋に続けるか!?
2011年にはヤンキースとのマイナー契約を打ち切られた岡本直也(ヤクルト)、前年に楽天から戦力外通告を受けていた中村紀洋(当時・横浜)のふたりがシーズン開幕後に、それぞれの球団へと合流した。岡本は結果を残すことができず、この年限りでユニフォームを脱いだものの、中村は62試合に出場し、打率.209ながら翌年の契約を勝ち取っている。
崖っぷちから舞い戻ってきた中村は翌年、126試合に出場し打率.274、11本塁打、61打点とレギュラーとして結果を残した。
近年を振り返ると、シーズン途中に入団を果たした選手の多くは、その年限りでユニフォームを脱ぐ可能性が高い。特に投手陣は思うような働きを見せられないままシーズンを終えている。中後は、初登板となった20日の試合で二死からの四球と連打で1回2失点の再スタートとなると、翌21日は1回を無失点に抑えたが、2つの四球と安打で塁を賑わせた。そして3連投となった22日の試合でも四球で走者を許すなど、制球に課題を残しす内容となっている。
中後はNPB復帰組、特に投手は活躍できないという近年の傾向を覆し、中村のように翌年の契約を勝ち取ることができるのか!? 今後の投球にも注目していきたい。
【シーズン途中に加入した日本人選手】
2017年3月:川崎宗則(ソフトバンク)
42試合 打率.241 本塁打0 打点4
2014年7月:小林宏(西武)
15試合 0勝0敗3H 防御率7.94
2014年6月:建山義紀(阪神)
8試合 0勝0敗 防御率3.68
2011年7月:岡本直也(ヤクルト)
3試合 0勝0敗 防御率27.00
2011年5月:中村紀洋(当時・横浜)
62試合 打率.209 本塁打1 打点14