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歴史は繰り返す…?モヤは“令和版ブライアント”になれるか

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日曜夜に衝撃のトレード、水曜に本塁打


 中日からオリックスに移籍したスティーブン・モヤが3日、本拠地で行われたロッテ戦に「6番・一塁」で先発出場。移籍後初出場の初打席でロッテのマイク・ボルシンガーから挨拶代わりの一発を放った。

 移籍が決まったのは日曜日の夜のこと。6月30日に突然発表された、オリックスと中日の交換トレード。発表上は「中日・松井雅人、松井佑介←→オリックス・松葉貴大、武田健吾」とともに「中日・モヤ←→オリックス・金銭」という形で2件に分かれていたものの、実質的に中日3対オリックス2+金銭の計5選手が絡んだ大型トレードと考えて良いだろう。


 現在パ・リーグ最下位に沈んでいるオリックスだが、巻き返しを図りたい後半戦を前に思わぬ誤算に見舞われた。主砲候補として今季から加入したジョーイ・メネセスが薬物検査で引っかかり、シーズン途中でまさかの退団。シーズン折り返しを目前にして代役となる大砲候補の補強が急務となったなか、白羽の矢が立ったのがモヤだった。

 モヤは2017年オフに中日と契約を結ぶも、外国人枠の兼ね合いもあってこの1年半の間に記録した一軍出場は53。今季に至ってはファームでリーグトップの打率.315、64安打という成績をマークしながら、一軍出場はわずかに7試合に留まっていた。

 同じウエスタン・リーグに所属しているということもあり、オリックスとしてもその怖さは良く分かっていた。なによりも慌てて外国に飛んで新規に調査をかけることなく、NPBでのプレー経験がある助っ人をすぐに獲得できたというのは、早急に救世主候補の補強が求められたチームにとって願ってもないことだっただろう。


モヤの活躍で思い出す“伝説の助っ人”


 「助っ人がドラゴンズからバファローズへ金銭トレードで移籍」。このキーワードから、今から約30年前に起こった“ある助っ人選手”の移籍を思い出した方もいるのではないか。中日から近鉄に移籍後、数多くの印象的な本塁打を放った伝説的助っ人、ラルフ・ブライアントである。

 1988年途中に中日に加入したブライアントだったが、来日当初はとにかく日本の投手の変化球に対応することができず、ファームで三振の山を築いていた。加えて、当時は一軍の外国人枠が2つと今よりも厳しく、中日には投手の郭源治、野手のゲーリー・レーシッチと2人のレギュラーがいたため、一軍昇格のチャンスは限りなくゼロに近い状況だった。

 そんななか、そのブライアントに目を付けたのが仰木彬監督率いる近鉄。1984年の加入から主砲として君臨していたリチャード・デービスが6月に大麻の不法所持で逮捕され、思わぬ形で退団が決定。代役探しが急務となったところで、中日で出場機会に恵まれなかったブライアントの長打力に賭けてみることにした。

 すると、移籍後初戦となった7月3日の西武戦。その第1打席で変則右腕の松沼博久から見事な移籍後初アーチを記録。なんとブライアントはこのあと2番手の小田真也からも一発を放ち、移籍後初出場で1試合2発という衝撃デビューを飾る。

 その後も1試合3本塁打を2度もマークするなど、残り約半分のシーズンで大暴れ。74試合の出場で打率.304、34本塁打、73打点という活躍を見せ、一気にチームに欠かせない存在となった。

 翌1989年には、129試合の出場で49本塁打を放って本塁打王のタイトルを獲得。10月、優勝がかかった西武とのダブルヘッダーでは、2試合にまたがり4打数連続本塁打をマーク。“奇跡の4連発”でチームを優勝へと導き、パ・リーグMVPに輝くのである。


“令和版ブライアント”になれるか


 こうして振り返ってみると、モヤの移籍はブライアントの例と非常に似通っていることが良く分かる。

 まさかの事態で大砲の補強が必要になったバファローズが、ドラゴンズで出場機会に恵まれていなかった助っ人を金銭トレードで獲得。一軍出場のチャンスを得た助っ人は、水を得た魚のように移籍初戦から活躍。ここまではほとんど同じだ。

 ブライアントは残りのシーズンで大暴れを見せ、翌年にはチームを優勝にまで導いているが、モヤはどうなるか……。自然と期待が膨らんでしまう。

 “令和版ブライアント”になれるか。スティーブン・モヤの今後から目が離せない。


文=尾崎直也
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