話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、球団からの“引退勧告”を受け、今後の動向が注目されている阪神・鳥谷敬選手にまつわるエピソードを取り上げる。
「(8月)29日に球団の方に呼ばれて、『引退してくれないか』と言われました」
「タイガースのユニホームを着てプレーするのは、今シーズン(2019年)で最後になります」
8月31日、報道陣を前にそう語った鳥谷。阪神ひと筋16年。守備の負担が大きいショートで、プロ野球歴代2位の1939試合連続を記録。その間、腰椎を折っても、肋骨を折っても、ケガは試合に出ながら治しました。2017年5月、顔面に死球を受けて鼻骨を折った際も、翌日黒いフェイスガードを着けて、代打で登場したのは伝説になっています。
入団2年目の2005年、岡田彰布監督のもと全146試合にフル出場し、リーグ制覇に貢献。鳥谷は前回のVを知る、数少ない現役選手の1人です。以来13年間、年平均150本ペースでヒットを積み重ね、2017年に通算2000安打を達成。阪神の生え抜き選手では、藤田平以来2人目の快挙。甲子園で決めたのは史上初でした。
そんなミスタータイガース・鳥谷に、球団がシーズン終盤、突然突き付けた“引退勧告”。29日、揚塩球団社長も同席した会談の席で、実際にどういう言い方をしたのかは分かりませんが、フロントは「来季(2020年)は戦力として考えていない」ことを鳥谷に伝えました。
鳥谷が選ぶ道は2つ。このまま引退するか、それとも他球団で現役を続けるか……本人は現役続行の意思を明言していますが、いずれにせよ、タテ縞のユニフォームを着てプレーする鳥谷の姿は、今季で見納めということになります。
このことが明らかになるや、ファンの間では「戦力外の判断はともかく、この時期にいきなり引退を迫るのは、功労者に対する敬意が欠けているのでは」という批判の声も上がりました。鳥谷グッズも飛ぶような売れ行きで、いま品薄状態になっています。
2015年、春季キャンプ前に結んだ「総額20億円(年俸4億円)」と言われる5年契約は、今年が最終年。今季の成績は、9月2日現在、56試合に出場し打率.208。ヒットは16本打っていますが、打点・本塁打は「0」と、確かに年俸に見合う数字ではありません。
「なぜファームに落とさないのか?」という厳しい声もあり、鳥谷に1枠使うことは、若返りを図るチーム方針にも反するのではないか……それが“引退勧告”の背景でもありました。
ではなぜ矢野監督は、開幕から鳥谷を1軍ベンチに置き、1度も登録を抹消していないのでしょうか?……1つの理由は、暇さえあれば練習で汗を流し、控えとなったいまも常に試合への準備を怠らない姿勢です。若手たちの良き手本となっている鳥谷。そのバックボーンには、金本知憲前監督の存在がありました。
【プロ野球DeNA対阪神】幕切れ、ハイタッチをする阪神・金本知憲監督と鳥谷敬(左から)=2018年8月11日 横浜スタジアム 写真提供:産経新聞社
現役時代はチームの牽引役として、2003年・2005年と2度のリーグ優勝に貢献した金本前監督。鳥谷とは2005年、一緒に優勝を味わった間柄です。
入団会見の際、鳥谷は理想の選手像について「金本選手」と答え、「試合に出続けるのが目標」と語りました。練習時間が終わってもトレーニングを欠かさず、体のケアに力を入れるようになったのも金本前監督の影響です。そんな鳥谷を見て、金本前監督も「あいつはプロとしての見込みがある」と唯一認めていました。
その金本前監督が最初に指揮を執った2016年、主将を務めた鳥谷はかつてないスランプに陥ります。それまで鳥谷は1番か3番を打っていましたが、「超改革」を掲げる新監督の方針から、開幕は6番に回ることになりました。
慣れない打順や、フォーム改造の影響もあって打撃のリズムが崩れ、結果、鳥谷は北條史也にショートのポジションを明け渡すことに。7月には、当時続けていた連続フルイニング出場記録も「667試合」で途切れました。全試合に出場したものの、ヒット数は前年(2015年)の155本から106本に激減。打率は.236と低迷し、チームもCS圏外の4位でシーズンを終えました。
この屈辱をバネに、鳥谷は奮起します。「ここで踏ん張れたら、まだまだ現役でやれる。ダメなら引退も辞さない」という覚悟で臨んだ翌2017年、故障した新外国人・キャンベルの代役でサードに回ると、黙って役目をこなしました。通算2000安打も達成。最終的に143安打を放ち、打率も.293と見事に復活。チームの2位躍進に貢献したのです。
一転、昨年(2018年)は厳しいシーズンになりました。プロ1年目の途中から15年がかりで続けて来た連続試合出場が「1939試合」でついにストップ。1492試合連続フルイニング出場の世界記録を持つ金本前監督も、その重みをよく知っているだけに、苦渋の決断となりました。しかしこれは、鳥谷本人とも開幕前からよく話し合って決めたこと。「記録のための出場はしない」というのが、鳥谷の本意でした。
ところが……若手たちは伸び悩み、チームは最下位に転落。金本前監督は責任を取って辞任しましたが、その悔しさを誰よりも感じているのが鳥谷です。力をまったく発揮できていない今シーズンですが、それでも矢野監督がファームに落とさない2つめの理由は、いざという場面で、優勝経験のある鳥谷の力が必要になると思っているからこそ。
鳥谷も、現役続行を明言した8月31日、こんな言葉で会見を締めくくりました。
「クライマックスシリーズ(CS)に出れば、(CS)優勝というチャンスも出て来る。そこをいちばんに考えて。自分自身がどうというよりは、しっかりチームに貢献できることを常に考えてやって行きます」
9月2日の時点で、3位・広島との差はわずか2ゲーム。2014年以来5年ぶりの日本シリーズ進出、そして1985年以来34年ぶりの日本一は、決して手が届かない目標ではありません。勝ってCS、日本シリーズに出場すれば、鳥谷の阪神ラストゲームはそれだけ先に延びることになります。
最後の勇姿を花道で飾ってあげたい……それはファン、タイガースナイン共通の思いであり、矢野監督が鳥谷を1軍ベンチに置き続ける、もう1つの理由でもあるのです。
「(8月)29日に球団の方に呼ばれて、『引退してくれないか』と言われました」
「タイガースのユニホームを着てプレーするのは、今シーズン(2019年)で最後になります」
8月31日、報道陣を前にそう語った鳥谷。阪神ひと筋16年。守備の負担が大きいショートで、プロ野球歴代2位の1939試合連続を記録。その間、腰椎を折っても、肋骨を折っても、ケガは試合に出ながら治しました。2017年5月、顔面に死球を受けて鼻骨を折った際も、翌日黒いフェイスガードを着けて、代打で登場したのは伝説になっています。
入団2年目の2005年、岡田彰布監督のもと全146試合にフル出場し、リーグ制覇に貢献。鳥谷は前回のVを知る、数少ない現役選手の1人です。以来13年間、年平均150本ペースでヒットを積み重ね、2017年に通算2000安打を達成。阪神の生え抜き選手では、藤田平以来2人目の快挙。甲子園で決めたのは史上初でした。
そんなミスタータイガース・鳥谷に、球団がシーズン終盤、突然突き付けた“引退勧告”。29日、揚塩球団社長も同席した会談の席で、実際にどういう言い方をしたのかは分かりませんが、フロントは「来季(2020年)は戦力として考えていない」ことを鳥谷に伝えました。
鳥谷が選ぶ道は2つ。このまま引退するか、それとも他球団で現役を続けるか……本人は現役続行の意思を明言していますが、いずれにせよ、タテ縞のユニフォームを着てプレーする鳥谷の姿は、今季で見納めということになります。
このことが明らかになるや、ファンの間では「戦力外の判断はともかく、この時期にいきなり引退を迫るのは、功労者に対する敬意が欠けているのでは」という批判の声も上がりました。鳥谷グッズも飛ぶような売れ行きで、いま品薄状態になっています。
2015年、春季キャンプ前に結んだ「総額20億円(年俸4億円)」と言われる5年契約は、今年が最終年。今季の成績は、9月2日現在、56試合に出場し打率.208。ヒットは16本打っていますが、打点・本塁打は「0」と、確かに年俸に見合う数字ではありません。
「なぜファームに落とさないのか?」という厳しい声もあり、鳥谷に1枠使うことは、若返りを図るチーム方針にも反するのではないか……それが“引退勧告”の背景でもありました。
ではなぜ矢野監督は、開幕から鳥谷を1軍ベンチに置き、1度も登録を抹消していないのでしょうか?……1つの理由は、暇さえあれば練習で汗を流し、控えとなったいまも常に試合への準備を怠らない姿勢です。若手たちの良き手本となっている鳥谷。そのバックボーンには、金本知憲前監督の存在がありました。
【プロ野球DeNA対阪神】幕切れ、ハイタッチをする阪神・金本知憲監督と鳥谷敬(左から)=2018年8月11日 横浜スタジアム 写真提供:産経新聞社
現役時代はチームの牽引役として、2003年・2005年と2度のリーグ優勝に貢献した金本前監督。鳥谷とは2005年、一緒に優勝を味わった間柄です。
入団会見の際、鳥谷は理想の選手像について「金本選手」と答え、「試合に出続けるのが目標」と語りました。練習時間が終わってもトレーニングを欠かさず、体のケアに力を入れるようになったのも金本前監督の影響です。そんな鳥谷を見て、金本前監督も「あいつはプロとしての見込みがある」と唯一認めていました。
その金本前監督が最初に指揮を執った2016年、主将を務めた鳥谷はかつてないスランプに陥ります。それまで鳥谷は1番か3番を打っていましたが、「超改革」を掲げる新監督の方針から、開幕は6番に回ることになりました。
慣れない打順や、フォーム改造の影響もあって打撃のリズムが崩れ、結果、鳥谷は北條史也にショートのポジションを明け渡すことに。7月には、当時続けていた連続フルイニング出場記録も「667試合」で途切れました。全試合に出場したものの、ヒット数は前年(2015年)の155本から106本に激減。打率は.236と低迷し、チームもCS圏外の4位でシーズンを終えました。
この屈辱をバネに、鳥谷は奮起します。「ここで踏ん張れたら、まだまだ現役でやれる。ダメなら引退も辞さない」という覚悟で臨んだ翌2017年、故障した新外国人・キャンベルの代役でサードに回ると、黙って役目をこなしました。通算2000安打も達成。最終的に143安打を放ち、打率も.293と見事に復活。チームの2位躍進に貢献したのです。
一転、昨年(2018年)は厳しいシーズンになりました。プロ1年目の途中から15年がかりで続けて来た連続試合出場が「1939試合」でついにストップ。1492試合連続フルイニング出場の世界記録を持つ金本前監督も、その重みをよく知っているだけに、苦渋の決断となりました。しかしこれは、鳥谷本人とも開幕前からよく話し合って決めたこと。「記録のための出場はしない」というのが、鳥谷の本意でした。
ところが……若手たちは伸び悩み、チームは最下位に転落。金本前監督は責任を取って辞任しましたが、その悔しさを誰よりも感じているのが鳥谷です。力をまったく発揮できていない今シーズンですが、それでも矢野監督がファームに落とさない2つめの理由は、いざという場面で、優勝経験のある鳥谷の力が必要になると思っているからこそ。
鳥谷も、現役続行を明言した8月31日、こんな言葉で会見を締めくくりました。
「クライマックスシリーズ(CS)に出れば、(CS)優勝というチャンスも出て来る。そこをいちばんに考えて。自分自身がどうというよりは、しっかりチームに貢献できることを常に考えてやって行きます」
9月2日の時点で、3位・広島との差はわずか2ゲーム。2014年以来5年ぶりの日本シリーズ進出、そして1985年以来34年ぶりの日本一は、決して手が届かない目標ではありません。勝ってCS、日本シリーズに出場すれば、鳥谷の阪神ラストゲームはそれだけ先に延びることになります。
最後の勇姿を花道で飾ってあげたい……それはファン、タイガースナイン共通の思いであり、矢野監督が鳥谷を1軍ベンチに置き続ける、もう1つの理由でもあるのです。