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『ワールドトライアウト』で清原氏が“監督”デビュー「野球を大切にやっていきたい」

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ワールドトライアウトの指揮官を務めた清原和博監督 【写真=萩原孝弘】

清原がグラウンドに帰ってきた!


 元NPB選手、独立リーガー、MLBマイナーリーガーなどが集まり、米国マイナーリーグ及び日本プロ野球への挑戦をサポートする『ワールドトライアウト』が30日に明治神宮野球場で行われ、清原和博氏も監督デビューを飾った。

 試合の合間に行われた「スペシャルトークセッション」では、西武ライオンズ時代に清原氏が「カバン持ち」をしていたと明かす大先輩の東尾修氏と、昔話を交えながら軽快なトークを繰り広げた。

 清原氏は、東尾氏にお腹を触られながら「出っ張りを何とかして」と、いきなりジャブをお見舞いされ、トークショーはスタート。日本シリーズでまだ試合中にも関わらず、ファーストの守備で涙を流した清原氏に「ベンチでビックリした」と伝説の場面を振り返った東尾氏に「ファーストからバッターを見ていたら、奥の王さんが目に入って感極まってしまった」と真意を語ったが、「ライオンズで先輩に可愛がってもらってのびのび出来た。ジャイアンツだったら活躍出来なかった」と、東尾氏ら先輩のおかげもあり、ルーキーから結果を残せたと感謝した。


東尾氏から清原氏に熱いエール


 また「キャンプ前日に門限を破りをして、スゴイ罰金を課された」清原氏のために、東尾氏が「可哀想だったから監督に交渉して半額に」したエピソードも披露。「ライオンズはファミリー。いい雰囲気だった」と、チームメイトの仲の良さも、当時の強さの一因だったと懐かしんだ。

 清原氏はFA移籍にも言及し、「黄金期の秋山さん、石毛さん、工藤さんがいなくなって、一番上になった。若手は気を使ってくるし、いい雰囲気ではなかった。ライオンズでの役目は終わったと思い、憧れだったジャイアンツに移った」と説明。東尾氏も監督として止めたはしたものの「東京ドームで4万人に見られている緊張感は、キヨのためにはいい」と、理解を示していたことも明かした。

 最後に東尾氏は「いつかNPBのユニフォームを着て、本当に復帰できるように、応援してやってください」と観客にお願いし、スタンドからは大きな拍手と温かい声援が飛んだ。清原氏も「グラウンドで声援をいただき、これから自分の人生の力になる。目標を持ってやっていきたい」と宣言した。


「宝物になった一日」


 イベント終了後、清原氏は「ありがとうございました」と最後まで残ったファンにお礼をし、「若い選手たちと同じベンチ、空間にいて、野球を見られたのは自分にとって宝物になった一日」と、久しぶりにユニフォーム姿でNPBの球場に足を踏み入れたことを感慨深げに振り返った。

 会見では背番号についても言及。師と慕う故仰木彬氏が監督時代に背負っていた「『70』を希望したが(田中COO)のミスで『3』になってしまった」と裏話を暴露する一幕も。今後については、「自分としてはそういう(球界復帰)気持ちで進んで行く」としながらも、同時に「薬物治療も執行猶予も明けていない」と慎重な姿勢も示した。しかし最後には、「野球を大切にやっていきたい」と力強い言葉を残したのが印象的だった。

 行き場を失った選手たちの再出発というコンセプトのワールドトライアウトで指揮官を務めた清原氏には、ファンから「お帰り!」「待ってたぞ!」との声援が飛び交った。2000本安打を放った思い出の神宮で、“怪物”が復帰に向けて大きな一本を踏み出した。

取材・文=萩原孝弘(はぎわら・たかひろ)
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