▼ “温故知新” BKおススメ野球映画
『打撃王』
公開:1942年(アメリカ)
“元祖”鉄人の伝記的映画
モノクロームフィルムから濃厚に立ちのぼる古き良き時代のベースボール。アメリカで1942年に公開された『打撃王』は、史上最高の一塁手と謳われたルー・ゲーリックの生涯を描いた伝記的映画だ。
数奇な運命に翻弄された偉大なベースボールプレーヤーは現役時代、14年間休むことなく試合に出続け、2130試合連続出場(※1)を記録。疲れ知らずの「鉄の馬」と称された。ところが偉大な記録は病によって途切れてしまう。筋肉の萎縮と低下をきたす神経変性疾患である筋萎縮性側索硬化症。のちに「ルー・ゲーリック病」とも呼ばれる難病に蝕まれる。
原題は『The Pride of the Yankees』。ヤンキース一筋に捧げた野球人生を振り返るが、投げる、打つ、走る、といったプレーシーンは、さほど熱心には描かれていない。むしろ恵まれなかった幼少期や誠実な人間性、彼を支え続けた愛妻との描写に大半の時間が割かれている。
ルー・ゲーリック役を演じたのはゲイリー・クーパー。「アメリカの良心」と謳われた1930~50年代を代表する正統派二枚目の国民的大スターである。
お別れの名スピーチ
ハイライトはヤンキー・スタジアムで行われた引退スピーチの再現シーン。ルー・ゲーリック自身のスピーチをアレンジし、ゲイリー・クーパーが切々と語りかけるこの場面を観るために、それまでプロ野球にほとんど興味を示さなかった多くの女性や一般大衆が劇場に足を運んだと言われている。
スタジアムを見渡し、「今日、私はこの世で最も幸せな男だと思っています」と誇らしげに顔を上げるクライマックス。このセリフ、このシーンのために、この映画は作られたと言ってもいいだろう。
本作は第15回(1943年)アカデミー賞において作品賞を始め、11部門にノミネートされるなど大きな話題を呼んだ。
監督は『オペラは踊る』(1935年)、『誰が為に鐘は鳴る』(1943年)などで知られるサム・ウッド。劇中、フランク・シナトラが歌い有名になった『Always(オールウェイズ)』が繰り返し流れ、現在のMLBでもおなじみの「Take Me Out to the Ball Game(私を野球場に連れてって)」を聴くことができる。
ベーブ・ルースも出演
日本では戦後間もない昭和24年(1949年)3月に公開(ちなみに日本プロ野球はこの年まで1リーグ制8チームのよってペナントレースが争われており、読売ジャイアンツが優勝している)されている。
ルー・ゲーリックとヤンキースの3番・4番を打ったベーブ・ルースが、すでに引退しているにもかかわらず本人役で出演しているのも見どころの一つだ。ファニーフェイスを振りまきながら、芸達者な演技を披露している。
かつてブロンクスにあったヤンキー・スタジアム(1923年開場)や、ヤンキース伝統のクラシカルなピンストライプのユニフォームなどもまた野球ファン、MLBマニアには必見である。
ルー・ゲーリックは映画の完成を待たずして1941年6月、37歳の若さでこの世を去っている。全米で公開されたのはその1年後のことだった。
────────────────────
※1:2130試合連続出場記録は1986年6月13日、衣笠祥雄(広島)によって破られ、日本でもルー・ゲーリックの名は大きく取り上げられた。現在の最多連続出場記録はカル・リプケン・ジュニアの2632試合。