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『熱球』
著者:重松 清
甲子園まであと1勝…
ストーリーはいたって、ど真ん中のストレートだ。
万年初戦負けの、地方の弱小県立高校野球部があれよあれよの快進撃を続け、夏の県大会決勝に勝ち進む。甲子園まであと1勝。周囲はまさかのミラクルに活気づく。ところが決戦前夜、部員による思わぬ不祥事が発覚。苦渋の決断を迫られた学校側は野球部に対して非情の断を下す。
現実の世界でも、特に高校野球を含むアマチュアスポーツにおいては、時として不祥事による出場辞退という“事件”がニュース欄を大きくにぎわすことがある。部員個人、部員ぐるみだけでなく、一般生徒、学校全体で引き起こした不祥事にも連帯責任が及び、晴れ舞台に立つ機会を奪われしまった事例は山のようにあるだろう(現在もなくなったわけではない)。
あれから20年が経ち
ストーリーは20年後へと飛ぶ。18歳の時、いたたまれずに故郷から逃げ出した(と思っている)かつてエースだった主人公は、38歳になり、大人の事情を抱えて都会から再び故郷に逃げ帰ってきた(と思っている)。20年が経ってもあの日からずっと頭の中から「もし決勝で投げていたら」という思いを消し去ることができない。
故郷でかつての仲間と再会。町を出た者、残った者、登場人物それぞれが20年分だけ年齢を重ね、それぞれの立場で現在を生きていることを思い知る。そして、誰もが同じ傷を抱えていることもまた思い知る。
目をそらし続けてきた過去に、娘や妻、かつての仲間、そして故郷との葛藤を通して、自分なりの方法で決着をつけようと主人公はもがく。本作は野球で負った大きな傷を、再び野球で治癒しようとする、いわば再生の物語だ。
切なく熱い重松節
作者は『ビタミンF』(2000年)で直木賞、『十字架』(2010年)で吉川栄治文学賞などを受賞している重松清。何気ない日常を生きる人々の心の動きを巧みに活写し、テンポの良い会話でドラマをどんどんと進めていく物語の名手だ。
多作で知られているが、広島カープ初優勝を題材にした『赤ヘル1975』や、少年野球を描いた『どんまい』、『卒業ホームラン』、さらには中年男が奮闘する『アゲイン』など、野球をテーマにした作品も多い。
ストーリー同様、『熱球』とは、ど真ん中ストレートなタイトルだが、読者はやがて『熱球』の持つ意味に気づかされることになる。
最後に余談をひとつ。知る人ぞ知る日本のファンクバンド『面影ラッキーホール』(現名義はOnly Love Hurts)に『俺のせいで甲子園に行けなかった』という佳曲がある。『熱球』とはテイストも表現方法も全く異なるが、共通するのは切なさである。甲子園とは、それほどまでに多くの人の感情を揺さぶる魔法の存在なのだ。