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浦和レッズ阿部勇樹とシンシナティ・レッズ秋山翔吾 夢のW“レッズ”対談(前編)

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(C)パーソル パ・リーグTV

リーダー論と日本代表への思い【シンシナティ・ノート特別編】


並び立つ巨星――。
MLBシンシナティ・レッズ秋山翔吾、J1浦和レッズ阿部勇樹。
新型コロナウイルスの禍(わざわい)に見舞われ、スポーツイベントの多くが自粛を余儀なくされ悶々として日々を過ごすなか、プロスポーツのトップランナー二人が語り合う。

 浦和レッズ 阿部勇樹選手。1998年にジェフユナイテッド市原加入後、当時Jリーグ最年少で初出場。2003年には当時21歳でキャプテンに就任。日本代表(A代表)にも抜擢される。2007年に浦和レッズへの移籍を果たすと、献身的なプレーとリーダーシップで不動の人気を確立。2010年にはイングランド2部のレスター・シティFCに移籍。さらに同年、FIFAワールドカップ 南アフリカ大会に出場し、ベスト16の成績を残す。2012年に浦和レッズ復帰後は、ACL制覇、FIFAクラブワールドカップ出場などチームを躍進へと導く。ポジションはMFおよびDF。複数ポジションをこなす意の「ポリバレント」という言葉を、彼に重ねるサッカーファンも多いだろう。

 シンシナティ・レッズ 秋山翔吾選手。2010年に八戸大からドラフト3位で埼玉西武入団。ルーキー時代からセンターのレギュラーを射止め、リードオフマンとしてチームを牽引する。2015年には、シーズン最多安打記録である「216本」を樹立。2019年にキャプテン就任。2018、2019年シーズンでリーグ2連覇を成し遂げ、今季よりMLBシンシナティ・レッズに移籍。最近では、「レッズ・秋山翔吾のシンシナティ・ノート」を、「パ・リーグインサイト」で連載中だ。

 お互いの印象、キャプテンを経験して得たリーダー論、自粛期間中のトレーニング、日本代表への思い。そして、成果の場を奪われた少年たちへの心に染みるメッセージ。シンシナティ・ノート第5弾は特別編とし、二人の対談をお送りする。

 なお、浦和レッズ公式YouTube(https://www.youtube.com/watch?v=jRsaiX3Q_is)、パーソル パ・リーグTV公式YouTube(https://youtu.be/tqAlShDHyNs)では、対談の模様を動画配信中。こちらもぜひご覧いただきたい。


知り合ったきっかけは、フィールド外だった


――お互いの試合を見たりするなど、以前より交流のあったお二人ですが、初めて顔を合わせたのはどんなキッカケがあったのでしょうか?

阿部:初めて会ったのは球場ではなかったんです。スタジアムでもなくて。僕らが試合で遠征に出ていた先にちょうどライオンズの選手も泊まっていたのかな。そこで写真を撮ったが最初。他にも選手はいましたけど、そのなかでも一番真面目そうだなーっていうのが秋山選手のパッと見の印象ですね。

秋山:僕の場合は技術じゃなく、人柄で野球やっているんでね(笑)。僕の阿部さんの印象は、代表経験バリバリっていうイメージ。僕はそんなにサッカー見るほうじゃないんですけど、顔と名前が一致する方でワールドクラスという印象です。

阿部:それはだいぶ持ち上げましたね(笑)。当時の写真が確か、あるんですよ。あ、あった!(スマホの写真をカメラに向かって見せる)


――何年前ですか?

阿部:5年前。これ、6月になってる。

秋山:僕はその年から人に認知され始めたくらいの時です。

阿部:2015年?

秋山:はい、2015年。シーズン最多安打記録を作った年です。多分、今までで一番手ごたえがあった時なんで、顔に充実感が出ているかもしれません(笑)。6月ですから調子が上がっている時期だった。そういうタイミングで阿部さんにお会いして、やっぱりいいことは重なるなと思いました。

阿部:いいシーズンっていうのはね、表情に出ますよね。いろんな方の写真を見て思います。

秋山:やっぱり、あるんですね。 その年の秋から侍ジャパンに呼んでもらいだしたので、まだ野球界以外では認知されるような選手ではなかったんです。そんな僕が阿部さんと会えるっていうので、緊張してテンション上がりました。

阿部:そんなこと言ってもらって嬉しいですね。またもっと頑張んなきゃいけないなって今思いました。


――現在の印象についてはいかがでしょうか。
(C)パーソル パ・リーグTV

阿部:仕事着というか、勝負服であるユニフォームを着ている時と着てない時のギャップはあると思います。ユニフォームを着ている時の姿っていうのは、貫禄、オーラが違うなっていう印象がありますね。ユニフォームを脱いだらね、本当に一人の野球少年ですね。それは年月を重ねても変わらないなっていうのは思います。

秋山:僕は、阿部さんにライオンズの始球式に来ていただいたときに、あんなに阿部さん緊張するんだなって思ったのを覚えています。その後、僕も埼玉スタジアムに招待してもらって、浦和レッズの試合を見せてもらった時、阿部さんが試合に出てきた時の歓声は印象的でした。海外を経験されて、日本に戻って来られて、それでもやっぱり今この浦和レッズにいるということにファンの方がすごく喜んでいる。年を重ねてもずっと期待されているのって選手冥利に尽きると思うんです。自分もそういう選手になりたいと、見に行った時にあらためて感じました。

(C)パーソル パ・リーグTV


――今、話にも出ましたが、2018年に、阿部選手はライオンズの始球式を務められましたが、今あらためてあの経験はいかがでしたか?

阿部:大舞台でやらせていただいたんですけど、今までサッカーの試合でいろんなスタジアムに入場しましたけど、あれほど緊張したことはないです。


――阿部さんは2008年にも登板されています。つまり、リベンジを果たしたという形になりますね。

阿部:初めての時はワンバウンドでした。全然、届かなくて終わってしまったんです。

秋山:じゃ2018年はナイスリベンジしましたね。

阿部:だいぶ成長したし、だいぶ練習した。肩も痛くなりましたもん。でも、すごくいい経験させていただきました。



――一方、秋山選手は、2018年に浦和レッズの試合観戦をされていますが、その感想はいかがですか?

秋山:サッカーを見に行くのが初めてだったんです。全部が見渡せるようなすごくいい席を用意していただきました。浦和レッズのサポーターを見れたし、いい距離感で相手チームも見ることができました。サッカーの試合は時間が限られているじゃないですか。その中で全部を出し切ってファンの方が応援するというスタイル。阿部さんが試合に出られている時は阿部さんばかりを見ていて、こんなところまで走りに行くんだっていうのを見た記憶があります。2年前なんで阿部さん35……?

阿部:36歳かな。

秋山:サッカー選手って、もっと若いってイメージがあったから……。

阿部:そうね、野球選手に比べたら、もしかしたら選手生命は短いかもしれない。

秋山:サッカーはフィジカルスポーツじゃないですか。コンタクトもあるし。野球は結構ベテランになっても技術職でできたりするところもある。僕はトレーニングの中で走るのを重要視しているんですけど、この歳でこれだけ走るっていうのは、違うスポーツですけどすごく刺激を受けましたね。試合を見にいった頃はシーズンオフだったんで、頑張んなきゃって思いました。

阿部:今度はぜひピッチに降りてほしいですね。

秋山:行ってみたいです! 多分阿部さんと同じ緊張するんでしょうね。


21歳で初めて経験したキャプテンは「嫌だった」?


――阿部選手、秋山選手ともにチームキャプテンの経験がありますが、キャプテン就任時のエピソードや苦労話、リーダー論をお聞かせください。

秋山:これ、全部阿部さんにしゃべってもらっていいですか?

阿部:なんでなんで(笑)! それは駄目ですよ。こういうのを聞きたい方がたくさん待っていますから。僕も聞きたい。ラグビー選手がどう思っているのかとか、例えば秋山くんがどういうふうに考えてやってきたんだろうっていうのは少し興味があって、僕もちょっと聞きたいな。

秋山:本当ですか。そしたら僕が先にしゃべった方がいいですね。あとからたっぷりしゃべってもらいたいので!

阿部:いやいやいやいやいや(笑)

秋山: 僕より以前に3年前に浅村栄斗(現・楽天)が新しくキャプテンになったんですけど、それまでのライオンズは先輩の栗山巧さんや中村剛也さんがチームを引っ張っていました。そこから、どの世代がリーダーとして引っ張っていくべきなのというなかで、託されたこの2、3年だったんですね。監督としてもチームに刺激が欲しかったっていうこともあったと思うんですけど、僕はキャプテンを任されなくても、浅村と一緒にチーム引っ張っていかなきゃいけないと思っていたんです。

阿部:首脳陣の思いを感じ取っていたってことだ。

秋山:浅村は口下手で、背中で引っ張っていく、いわゆる“かっこいい”ほうのキャプテンですが、僕は結構うるさく言いたくなっちゃうんで。でもそれはそれでいいかなと。それを2年間やって浅村が昨季に抜けたので僕がなった。だから、キャプテンをやったっていう感じじゃなかったんですよ。

阿部:でも、それは責任感を常に持ってやってきた2シーズンだったってことだよね。浅村くんがなったと同時に一緒にやってきたってことになると。引っ張っていくっていうのが任務じゃないけど、そういう責任を感じてやっていたということなんだろうね。

秋山:そうですね。もういい加減そういう立場にもならなきゃいけなかった。若い選手が入ってきて、動かす立場をやらなきゃいけないなと思ってはいました。

阿部:その時、俺、変わったなーって思ったりするの?

秋山:そこまではなかったんですけど、今までは実績のある人が引っ張ってくれていたなかで、その人たちが動くことに対して反応していたんです。それもチームの形だと思うんですけど、2、3年前からは僕たちが向いたほうに先輩たちがサポートしてくれて、さらに若い子たちがついてくるという形になりました。

阿部:(野球は)1チームすごい人数いるじゃない? それでみんなで同じ方向を向いてやっていくっていう意味ではすごい重要な仕事だろうなーっていうのは聞いていて思いますね。

秋山:阿部さんがキャプテンになったのはおいくつの時ですか?

阿部:僕は、浦和レッズの前はジェフ千葉にいたんだけど、その時に初めてキャプテンをやったので、年齢でいうと21歳、22歳の時。もう……嫌でしたね(笑)

秋山:野球のキャプテンはアマチュアまでは号令かけたり、監督の間に入るんですけど、プロになってからキャプテンっていう役職はあんまり意味がなくて。チームリーダーとして、チームの代表で何かの質問をされた時に答える役割ってくらいなんですよ。サッカーのキャプテンじゃ役割としてかなりいろんなことがあるんじゃないですか?

阿部:全部やる人もいれば、あんまり気にしないでやる人もいる。どちらかと言うと僕はそんなにやらない(笑)。若い選手が勢いを持ってやってくれたりしているときは、何も問題は起きない、けどなんかうまくいかない時って何かしらちょっと歯車がかみ合わなくて、嫌な雰囲気になったりする。そういう時に、(キャプテンは)出なきゃいけないのかなって。年齢を重ねるごとに感じてきてるよね。そういうのは見るように気をつけてみようと最近は思っています

秋山:先輩と衝突、というか物言わなきゃいけない時ってあるんですか?

阿部:私生活では年齢が上の方だから普通に上下の関係ではあったけど、練習中とかプレー中は違う。ただ、実際、僕が若い時はほぼ敬語でやっていたんだけど、それじゃダメだなって思っていた時に、キャプテンをやらせてもらった。それで、自分の性格が変わったというのはありましたね。さっきの秋山くんの話を聞いてて、浅村くんと一緒に引っ張っていかなきゃいけない、しかも、上の人たちもいるし下の人たちも引き連れてやっていかなきゃいけないっていうところを聞くと、(リーダーとして)やっていくって責任感というのは、一緒なんだなって思った。下の世代にも、そういう道しるべを示さないといけないんだなっていうのは、すごく共通してるんだね。考えていることがわかってよかったです。

秋山:もうそれを聞いただけで、僕がやってきて良かったなと思います。去年キャプテンをやったのは31歳だったし、チームを引っ張り始めたのは29歳とかで。年を重ねさせていろんなこと見させてもらって、全然違うなと思います。

阿部:でもね、若い選手はやっぱり先輩を見てるんだよ。

秋山:いいように映るというか、反面教師でいいなと僕は思うんです。僕みたいなタイプは口に出していうと、トゲがあったり、多分いらないことまで言ってることもあると思うんですけど、引っ張るのって、自分のことをまずきっちりやるっていうのが大前提じゃないですか。煙たがられていたんじゃないかっていうのは正直あるんです。

阿部:でもそれはやっぱ必要なことじゃない? しかも自分がしっかりやってきたからこそ言えることでもあると思うから、それは伝えていくっていうのはすごい大事なことなのかなっていうのは思う。そういう機会があったら続けてって欲しいですね。

秋山:そうですね。このあと何年アメリカでやるのか、このあとどうなるのかわかんないですけど、言いたいことを言って後ろ指を指されないようにと考えると、自分もちゃんとやらなきゃいけないって考えます。無理矢理言うことによって、影ではあんなふうなんだよなって思われないようにしないといけない。(ライオンズの頃は)練習態度や日頃の行動もそうだし、自分にプレッシャーかけるために言っていたとこも結構あったんで、いい伝わり方してるといいなと思います。

阿部:いや大丈夫でしょう。でもそのなんだろう、そういうことって、シーズンの成績に出るよね。

秋山:僕自身もそこそこの成績をずっと出してきたし、チームとしても順位が上がってきたっていうのは、いろんな部門での成果はあると思います。やっぱり、いろんなことに隙のあるチームはあんまりよくないじゃないですか。対戦していて、だらしなく見えたり、統率力ないなとか。

阿部:そうだね。やっぱりスポーツはまとまり大事だよね。

秋山:個人のスポーツだとしても、種目内の競争だったり、この選手が選ばれたことに異論がないっていうのはすごく大事ですよね。団体スポーツって一人だけでもそっぽを向いているのって結構気にならないですか?

阿部:なるなる。強いチームはまとまりがあると思う。だから浦和レッズもそうやってもっとなっていかなきゃいけないなって。

秋山:(こっちのレッズは)雰囲気はすごくいいなあと思うんです。チーム単位では去年のシーズンの前まではずっと最下位、去年やっと4位。これは多分個人の能力じゃなく、チームに何か欠けているものがあるのかなと。メジャーは選手が入れ替わるんですけど、何か核になるものが必要なんじゃないかなというのはオープン戦やっていて少し感じました。

阿部:でも楽しみだね。どう変わっていくのか、一緒に歩んで行けるっていうのはいいですよね。

秋山:ちょっとそういう楽しみもあります。


サッカーに野球、それぞれの日の丸を背負うということ


――お二人は日本代表経験があると思います。それぞれ代表への思いを聞かせてください。

阿部:日本代表は憧れの場所と言うか、そのユニフォームを着ることを目指してやってました。さすがに今代表を目指すかっていうことには、なんないと思うんですけですけど(笑)、どのサッカー少年、どの年齢になっても代表への夢や目標を持ってやらないとダメだなと思います。日本代表って誰もが入れるわけじゃないと思うので、入るためにやらなきゃいけないことはあるし、遊びたいことも我慢しなきゃいけない。それぐらいしないと入れない場所だと思うので、この先もし引退してサッカーに携わる仕事を続けていたとしたら、そういうことは伝えていきたいですね。

秋山:僕は年齢に関係なく、現役を引退するまで呼ばれたいです。やっぱり日本代表でいるっていうことは、その時の野球界のトップにいることだと思うんです。能力もそうですし、一発勝負で勝たなきゃいけないチームにいることは、選手の技量以上に大事なこと。短い期間でチームを作るのに必要な、例えばリーダーシップであったり、チームに対する忠誠心を持つことが日本代表なんじゃないかなと思うんです。また、高い能力の選手がいる中に何日間もいると、自分のプレーの意識が「まだこういうとこができるんじゃないか」っていう発見がある。濃い時間を過ごしているのは感じますね。

――“昨日の敵は今日の友”じゃないですが、他チームの選手ですごかったなとか、印象に残ってる選手、影響を受けた選手はいますか?

秋山:僕は、ソフトバンクの松田宣浩さんです。年齢は今年で37歳になる年なんですけど、人一倍声を出して、チームを作るのにすごく貢献してくれます。本当は僕らもっと年齢が若い選手がやらなきゃいけないことですが、それを一番ベテランの人がやってくれることによって、他の選手たちが遠慮しないでできるんです。代表は元々ある程度メンバーが揃った中にポンって入って来る選手もいるので緊張や馴染むのに時間がかかったりするんですけど、その壁を早く壊して空間を作ってくれたのが松田さん。

阿部:僕は中澤佑二選手です。よくしゃべる方で、それも雰囲気を作ってくれてるんだなと思います。初めての選手に対しても、なんとか馴染むように話してくれます。また、自分のプレーする、その準備の仕方をあらためて教えてもらいました。朝、起きるのは早い。聞いていると、寝るのも相当早いんでしょうね。それぐらい自分の体のことをわかってやっている。僕も中澤選手みたく長く頑張ってやりたいなっていう憧れの選手で、偶然にも背番号「22番」で一緒。少しでもその背番号に近づけられるように頑張りたいです。


文=氏原英明(うじはら・ひであき)
提供=パ・リーグインサイト
―――
海外生活を始めたばかりの秋山選手に阿部選手がアドバイス。さらに、今夏の大会の出場が叶わなかった子どもたちや、お互いのファンに対するメッセージをお届けする後編はこちら
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