ニュース 2021.01.15. 19:00

桑田真澄コーチが恩師・藤田元司から受け継いだもの

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【プロ野球巨人】リモート会見で巨人・原辰徳監督とグータッチをする桑田真澄コーチ=2021年1月12日 写真提供:産経新聞社
話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、1月12日、巨人復帰を発表した桑田真澄・1軍投手コーチ補佐にまつわるエピソードを取り上げる。

「本当にまたジャイアンツのユニホームを着られるのは嬉しく思っています。(背番号73は)僕の恩師である藤田さんがつけられていた番号。藤田さんに恥じないように、指導者としてエースになれるように」(復帰会見で、桑田氏コメント)

15年ぶりに、桑田真澄が巨人へ帰って来る……1月12日、オンラインによるコーチ就任会見で久々にジャイアンツのユニホームへ袖を通す姿を見て「やっと、この日が来た」と喜びに浸った巨人ファンも多かったようです。

年明け、しかもキャンプインまで3週間を切ったタイミングでの新コーチ就任発表は、異例中の異例。原監督によると、桑田氏招聘をオーナーに相談したのが昨年(2020年)の12月28日。球団の承諾を得て、桑田氏のところに出向き、コーチ就任を依頼したのが1月5日という電光石火ぶりでした。原辰徳監督は今シーズン(2021年)を戦って行く上で、桑田氏の力をどうしても借りたかったことがわかります。

リーグ3連覇はもちろん、最大の目標はその先。2年続けて日本シリーズでストレート負けを食らった「打倒ソフトバンク」です。「世界一」を目指して、毎年進化を続けるソフトバンクに対抗するには、新しい血を入れないと……プラスαをチームに与えてくれる存在、それがOB・桑田氏だったのです。桑田氏も快諾し、元エースの古巣復帰が実現しました。

「しかし、よく復帰できたな」と驚く声も多かったのは、桑田氏が巨人を退団した際のいきさつがあるからです。原監督が初めて巨人軍監督に就任した2001年オフ、この年桑田氏は4勝5敗という成績に終わり、引退も考えていました。しかし、原監督は直々に「来年も一緒にやろう」と説得。意気に感じた桑田氏は、翌2002年、12勝6敗の好成績を挙げてリーグ優勝と日本一に貢献し、原監督も復活を讃えました。

しかし、2度目の監督に就任した2006年、この年2軍暮らしが続いた桑田氏が、球団サイト内の連載で「次の登板がおそらく最後になる」と独断で発表。何も聞いていなかった原監督が「順番が違う」と憤ったことがありました。この件は、球団上層部も快く思わなかったようです。

そんなこともあってか、お別れセレモニーはファン感謝デーで行われるにとどまり、桑田氏はメジャーに挑戦。翌2007年、ピッツバーグ・パイレーツで1年だけプレーして引退しましたが、帰国後、特に引退セレモニーは行われませんでした。

その翌年、2008年9月にラジオ番組絡みで、萩本欽一さん率いる「茨城ゴールデンゴールズ」と、テリー伊藤さんが総監督を務める「のってけベイブルース」が対戦する企画があり、筆者もスタッフとして参加しました。この試合に何と、桑田氏が特別ゲストとして出場。パイレーツのユニホームを着てプレーしたのです。会場の越谷市民球場には1万人の観客が詰めかけ、満員札止めとなりました。

桑田氏は、投げては2回を無失点に抑え、3回からは内・外野4つのポジションをこなし、9回2死から再びマウンドへ。「代打・オレ」で打席に立った萩本さんを3球三振に仕留め、その裏、サヨナラ勝ちで勝利投手となったのです。さすが、観客を沸かす術を心得たスターらしいフィナーレでした。

試合後、観客の前で「2年間(日本のファンに)ユニホーム姿を見ていただけなかったので、どこかで最後のプレーを見せたかった。楽しい野球ができました」とあいさつした桑田氏。両軍ナインに胴上げされ、場内を一周しても声援は鳴り止まず、“アンコール”で再度グラウンドへ。あのファンの熱い声は、未だに忘れられません。

改めて、引退しても衰えない桑田氏の人気ぶりを知ると同時に「これって本当は、巨人がやるべきことじゃないのかな?」と思ったものです。21年間、投手陣の柱として投げ続けたのですから。

以後、桑田氏は、評論家活動と並行して大学院に通ったり、東大野球部を指導したり、指導者になるための勉強を重ねて来ました。しかし、古巣・巨人からはなかなかお呼びが掛からず、もう復帰はないのか……と思われていたところに、今回の電撃復帰です。現役時を知る巨人ファンが歓喜するのもよくわかります。

もっとも、桑田氏は引退後、何度も巨人軍キャンプを訪れていますし、その度に原監督とも歓談しています。「きょうより明日。明日になれば明後日」が持論の原監督にしてみれば、そんな過去のいきさつなど「いつの話をしてるのよ?」ということなのでしょう。

12日のコーチ就任会見で、同席した原監督からこんな発言がありました。「ジャイアンツは“つなげる”というところが非常に重要。(2024年の球団創立)90年を目標に進み、いろいろな先輩たちがつないで来ている。その一端を、桑田真澄にも役割として持たせたい」。

桑田氏が培って来た「新しい指導理論」を、いまの巨人に導入すると同時に、現役時代に先輩たちから受け継いで来た「巨人軍の伝統」も継承して欲しい、という願いがこの言葉には込められています。ではその「伝統」とは何なのか?

今回、指導者として桑田氏がつける新たな背番号は「73」。会見で本人も語ったように、この番号はかつて、藤田元司・元監督がつけていた番号です。藤田氏は、長嶋茂雄監督(第1次)の後を受け1981年から3年間指揮を執り、助監督だった王貞治氏に禅譲。王監督が辞任すると、再び1989年から4年間監督を務め、復帰した長嶋監督にバトンタッチ。ONの間をつなぎ、7年間でチームを4度のリーグ優勝と、2度の日本一(1981年・1989年)に導きました(ちなみに就任1年目、1981年のルーキー&新人王が原監督です)。

藤田監督が2度目に就任した1989年、桑田氏は入団4年目。2年目の1987年に15勝6敗とローテに定着しながら、3年目の1988年は10勝11敗と負け越していました。そんな桑田氏を、藤田監督は容赦なく叱り飛ばしました。1987年にエース・江川卓が引退。そのあとを狙わなくてはいけないのに「何だ、その自覚の無さは!」とカツを入れたのです。

藤田監督が現役時代につけていた背番号は「18」。そのエースナンバーを継承した桑田氏に、藤田監督は「エースの心得」を厳しく叩き込みました。「18番をつけているんだから、成績を残すだけじゃない。球界のエースナンバーだし、人間的にも強くならないと、18番を着ける資格はないんだ」……恩師のこの言葉を胸に、マウンドに立ち続けた桑田氏。

藤田監督が指揮官に復帰した1989年、開幕投手に指名したのも桑田氏でした。藤田監督は、桑田氏を斎藤雅樹・槇原寛己と競わせることで、3本柱を中心とした鉄壁の投手陣をつくり上げて行ったのです。

特に藤田監督が重視したのは「完投」でした。独走でリーグ連覇を果たした1990年、3本柱は「斎藤19完投・桑田17完投・槇原6完投」。3人で何と42完投(!)です。「先発を任されたら、最後まで投げ抜くのがエース」というポリシーを感じます。さらにこの年、防御率の上位4人は「1位・斎藤2.17、2位・桑田2.51、3位・木田優夫2.71、4位・香田勲男2.90」と巨人勢が独占。“史上最強投手陣”と言ってもいいでしょう。

昨年の日本シリーズで、初戦に菅野が打たれると、なし崩し的に4連敗を喫してしまった巨人。菅野は今季残留することになりましたが、いずれにせよ「ポスト菅野」の育成は急務です。「再び、藤田時代のような最強の投手陣をつくって欲しい」……「73」には、原監督のそんな思いが込められているのです。

現役時代と同様、再び恩師と同じ番号を背負い、指導者としての“エース”を目指す桑田新コーチ。もっとも、31年前といまとでは時代は違います。藤田監督から叩き込まれた「エースの心得」を桑田コーチはどう継承して行くのでしょうか?「たくさん走って、たくさん投げる時代ではない」と言う桑田コーチが重視するのは、「野球を楽しむこと」です。

14日にはさっそく、新人の合同自主トレを視察した桑田コーチ。自主トレ期間中は直接選手を指導することはできませんが、ルーキーたちを見ながら「早くうまくなって欲しい。うまくないと楽しめない。2~3年で土台をつくって、それからでもいい」と報道陣に語りました。指導者として、どんな新機軸を打ち出すのか、キャンプインがいまから楽しみです。

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