ショウアップナイター エピソード55
<エピソード14 ~ヤクルトを球団創設29年目にして初リーグ優勝に導いた意識改革~>
~今年2021年、放送開始から「55周年」のシーズンを迎えたニッポン放送「ショウアップナイター」。これを記念し、中継だけでは届けきれない取材情報や解説陣の“ここだけの話”など、「55」のエピソードを紹介していく連載企画~
ショウアップナイター解説者の大矢明彦が、1978年のヤクルト球団初のリーグ優勝について振り返った。
今年2021年に55周年を迎えるニッポン放送ショウアップナイター。その解説者である大矢明彦に、自身も正捕手として球団史上初のリーグ優勝と日本一に輝いた1978年のヤクルトスワローズについて聞いた。
---まずは、1978年のヤクルトスワローズ、初のリーグ優勝についてお伺いします。その年のヤクルトは、いままでとどのような点が違いましたか?
「ヤクルトが初めて優勝した時は、広岡達朗さんが監督やっていましたが、いままでと180度変わりましたね。広岡さんが監督に来る前は『食事の時はまずビール飲んで、飯はいっぱい食え!』という感じでしたが、広岡さんになって『アルコールはダメだ!』となって、食事もかなり制限されました。いままでやれと言われたことが、まったくダメになったのでやっぱり抵抗はありましたよね。試合前はサラダ等の軽食になりましたが、ある主力選手の方は、自分でおにぎりを作ってもってきてこっそり食べたりしてましたよ。意識改革というよりかは、みんなうまく折り合いをつけましたね(笑)
投手陣では、松岡弘も良かったのですが、今年亡くなった、僕と年が一緒の安田猛という左ピッチャーがいて、この2人が両輪でまわしていました。打者陣は、大杉勝男さん、チャーリー・マニエルといった2人の活躍、そして何と言っても若松勉が大活躍でしたよね。その頃、ちょうど自分たちの年齢の選手が脂が乗った時期だったと言ってもいいと思いますね。あと広岡さんとバッテリーコーチ兼作戦コーチだった森昌彦(その後の監督時代は“森祇晶”)さんが『ジャイアンツなんか怖くないんだ』というのを本当に耳にタコができるくらい言ってまして、それが一番大きかったと思いますね。この年のシーズンは終盤までジャイアンツを追っかけていましたが、『とにかくジャイアンツを倒すんだ』という意識が選手の意識にありましたね」
そしてマジックナンバー1で迎えた10月4日、中日に勝利して初のリーグ優勝を達成しましたが、その瞬間ファンの人がなだれ込んできて、もうてんやわんやでした(笑)。正直苦しいシーズンでしたから、やっぱり達成感がありましたね。夏場すぎまでは、まさか優勝なんかできると思っていませんでしたし、それがひょっとしてというところから、勝ったら優勝というところまで来て最後は勝って優勝しましたので、すごく達成感はありましたね」
---ヤクルトファンにいい恩返しが出来ましたね。
「ヤクルトの応援団長に岡田正泰さんという方がいましたが、僕が入った年はあまりにも負けるので、岡田さんに『なんでヤクルト応援してるの?』と聞いたことがあるんですよ。そしたら『おまえね、神宮に来るときは“今日も勝つだろう”なんて思って来てないんだよ。“どうせ負けるんだろ”って思って神宮球場に来たら、お前たち、たまに勝つじゃねえか。勝った時の喜びは、ジャイアンツを応援しているやつなんか、わかりゃしないんだよ』って言われてね、『そうなんだ~』って思いましたね。それが見事に実って初優勝までいって、すごく嬉しかったですね」
その勢いが止まることなく、この年日本一にも輝いたヤクルト。次回(5月31日掲載予定)は、その日本一の貴重なエピソードを大矢氏が明かす。