ニュース 2021.07.02. 13:21

スワローズのレジェンド古田敦也さんが語る自身と球団の過去、現在。チームの未来の姿とは?

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古田敦也さん

『LEGENDS VOICE ~過去から未来へ~』


 セ・リーグ公式戦のタイトルパートナー「JERA」のスペシャルコンテンツ『LEGENDS VOICE ~過去から未来へ~』では、スワローズのレジェンドである古田敦也さんにインタビューを実施。現役時代のエピソードや現在のカープ、そしてチームの今後について語っていただきました。



 ※このインタビュー動画全編はJERAセ・リーグ協賛特設サイトの中で視聴することができます。

スワローズに入団して


―― 入団して2年目でいきなり首位打者を獲得しました。

プロ野球に入ってくる人は誰しもそうですけど、3拍子揃った人はなかなかいなくてどこかにウィークポイントを持っている選手が多いんですよ。プロに入ったら「自分の長所を活かしなさい」「ストロングポイントをどんどん伸ばしてアピールしていけ」とよく言われるんですけど、僕は最初から逆でウィークポイントを埋めたもん勝ちだと思っていました。当時の僕のウィークポイントはバッティングだったので、肩と捕ることと足もまあまあ速かったほうなのでバッティングが良くなればレギュラーを取れると思っていました。

―― あの頃の古田さんは野村(克也)監督のすぐ前に座っている姿が印象の残っていますが。

座っていましたね。試合に出るようになってからよく呼ばれるんですよ。5回6回の途中で「古田!」って呼ばれて、「はい」って言って横に行ったら「今のリードなんだ」「何であんなところにサインを出すんだ」と怒られるんです。でも、どうせ怒られるなら近くにいようと思って、(野村監督の近くに座っている選手に)「すいませんここに座らせてください」と言って近くに座るようになりました。

―― そうすることによって野村野球、シンキングベースボール、ID野球と言われているものを自ら進んで吸収したわけですね。

その時に違う指揮官だったり、「力と力のガチンコだ」とかばかっり言われていたら僕もそういう選手になっていたと思います。たまたまそこで出会った指揮官がそういう強い気持ちとか攻撃的な気持ちを持つのは当たり前で、それに加えて頭を使えと「頭使えたら弱いやつでも勝てる」という考えだったので僕も若かったですし、非常に勉強にもなりましたね。非常に腑に落ちましたし、そういう意味ではいい刺激を与えていただいたと思っています。



1992年のリーグ優勝


―― 92年に14年ぶりにリーグ優勝しましたが印象に残っていることは?

その年は稀にみる混戦でプロ野球史上の中で一番の激戦だったと思います。当時130試合で70勝でほぼ5割ですが(優勝しても)70勝できなかったくらいですから。1位から6位まで大混戦で最後の最後でぽこっと阪神を抜いて直接対決で勝って甲子園で優勝を決めたんですけど、その時も本当にギリギリでした。

―― 日本シリーズでは西武に敗れはしましたが3勝4敗でした。

相手の名前だけ見たら絶対勝てないメンバーじゃないですかあの時の西武は。絶対勝てるわけないって僕らも思っていましたけど、実際に戦ってみたら意外に大したことないと思って、自分たちに変な自信がつきましたね。

―― それが翌年見事に実るわけですね。西武に4勝3敗で日本一に。

1992年が本当にいい勉強になりました。93年は正直、ペナントレースは見てなかったです。あの強い西武をやっつけたくて、そればっかり思いながらやっていましたね。

現在のスワローズ


―― 春のキャンプで臨時コーチとして沖縄に行かれました。久しぶりに現場で指導されていかがでしたか。

ブルペンに入ってバッテリー中心に見させてもらったのですが、思ってたより全然良いメンバーでしたね。若いピッチャーが多かったので非常にチャンスがあるなと。ただ、2年連続最下位で去年はぶっちぎりの最下位なので選手に自信がないというかその気になっていなかったので、「君のこれは全然使えるから」「全然いけるからいけいけ」ということは選手個別には話はしましたね。


 レジェンドの古田敦也さんが語るイチローとの闘い、選手兼監督時代の苦悩、そしてスワローズの未来とは? インタビュー動画全編はJERAセ・リーグ協賛特設サイトでお楽しみいただけます。
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