中日・柳裕也

◆ 第4回:精密機械の進化

 何とも歯がゆい降板だった。21日にバンテリンドームで行われた阪神戦。

 今季22度目のマウンドに立った中日・柳裕也投手は6回2失点で役目を終えた。いわゆるクオリティースタート(先発投手が6回3失点以内)の役割を果たすが、味方打線は相変わらずの貧打ぶり。その裏、同点に追いつくが最後は接戦を落としてしまう。もう何度も見慣れた光景である。 

 柳にとっては、大きな勲章を手にするチャンスだった。この日、勝利投手になれば待望の10勝目。セのハーラーダービーで青柳晃洋、秋山拓巳(阪神)、髙橋優貴(巨人)と並び最多勝トップに躍り出る。そればかりではない。すでに防御率2.16と、奪三振145(21日現在)もリーグでは群を抜いている。投手部門の三冠に手を掛けられたのだ。

 それにしても、変身ぶりには目を見張るものがある。

 16年のドラフト1位で明大から入団したエース候補も1年目は1勝止まり。3年目にようやく2ケタ勝利を記録するが、昨年は左わき腹を痛めるなど二度の戦列離脱で6勝に終わっている。大エースに成長した大野雄大の前では影の薄い存在だった。

 プロ4年間のイメージは、多彩な変化球を駆使した技巧派投手。それが今季からは三振の山を築く“ドクターK”に生まれ変わった。何が柳を変えたのか?

◆ ふたつの変化

 ちなみに柳のストレートは140キロを少し超える程度だ。昨年のセ・リーグ一軍全投手の平均球速は144キロに対して柳は142.4キロ。むしろ遅い部類に入る。それでいて5年目の大変身には2つの進化があった。

 ひとつ目は横浜高の先輩・涌井秀章投手(楽天)との自主トレ。元々は中日在籍時代の松坂大輔(西武、今季途中で引退)から紹介されて今春、千葉・館山で行われる涌井組に初参加した。ここで圧倒的なランニング量に走り込みの大切さを改めて気づかされる。体の切れが増せば球威も増す。

 ふたつ目は、カーブ、スライダー、カットボール、チェンジアップらと投げ分けてきたシンカーの精度が格段に良くなったことだ。

 「2年前までは横への曲がり球主体だった投球の組み立てにシンカーを中心とした落ちる球が加わることで投球の幅が広がった」と、柳自身が語るように、今季は特に左打者に対してカウントを稼ぐ時にも、勝負球にも有効活用が目立っている。

 ひとつの「魔球」によって、ストレートも他の変化球も生きてくる。制球力には自信のあった投手が、コーナーぎりぎりに多彩な投球術を発揮しだしたことがエースへの道につながった。

◆ 三振はスピードだけじゃない!?

「自分のピッチングで一番、醍醐味を感じるのは見逃しの三振を奪った時」だという。パ・リーグの投手三冠レースを独走する山本由伸(オリックス)が快速球と切れ味鋭い高速スライダーで三振の山を築くのに対して、柳は圧倒的な制球力と投球術で打者を沈黙させる。140キロのストレートでも奪三振王になれる秘密がそこにある。

 チームの残り試合数を考えると、もう3~4試合は先発のチャンスがありそうだ。

 最優秀防御率と最多奪三振のタイトルはほぼ手中にあると言っていいだろう。三冠に残すハードルは最多勝。先を行くライバルとは僅差であり、逆転の目も残されている。問題は味方打線の奮起か。リーグ最下位の得点力はトップのヤクルトに比べて150点近い差がある。試合の終盤近くまでを2~3点に抑えても、それ以下の得点しかあげられないのでは、白星を手にするのも難しい。まさに「敵は身内にあり」の状態だ。

 高校、大学と常に日の当たる道を歩んできたエリートが、プロで大きな壁に直面して、ようやく確かな手ごたえをつかみつつある。明るい話題の少ないドラ党にとって、柳の変身は希望の星だ。

 セ・リーグの投手三冠となれば18年の菅野智之(巨人)以来、その前は10年の前田健太(広島、現ツインズ)までさかのぼる。いずれも球界を代表する大エースだ。そんな頂に柳がたどり着くか? こちらの決着は最後の最後までわからない。

文=荒川和夫(あらかわ・かずお)


【荒川和夫・プロフィール】
1975年スポーツニッポン新聞社入社。野球担当として巨人、西武、ロッテ、横浜大洋(現DeNA)等を歴任。その後運動部長、編集局長、広告局長等を経て現在はスポーツライターとして活動中。

この記事を書いたのは

荒川和夫

荒川和夫 の記事をもっと見る

もっと読む